“レクサスコンビ”として名が知られていた2人
事件前に2人を含む少年グループはたびたび浜松駅前でたむろしている姿を目撃されていた。2人のルーツとはいったいどのようなものだったのか。
堀内被告は日本人の父とフィリピン人の母を持ち、彼の幼少期の頃を知る男性は当時こう語っていた。
「彼のことは小さい頃に2、3度見たことがあるだけですね。小学生くらいの年代だったかな。ご両親と祖父母で一軒家に住んでいました。お父さんは日本人で会社勤めをしていて、お母さんはフィリピンの方だと思いますが、夜の飲み屋のようなところで働いていると聞いていました。おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなってから少しして浜松市のほうに引っ越しすると聞きました」
一方で共犯のフィリピン国籍の男については友人がこう語っている。
「彼がフィリピンから日本に来たのは小学校高学年のときです。両親はフィリピンに残っていて、日本に住んでいる親戚の家に来るという形でした。当時彼はまったく日本語がしゃべれず、僕らもよく日本語を教えていました。学校には他にもフィリピンの子がいたので彼を白い目で見たり、馬鹿にしたりする人はいませんでしたよ。
彼(の素行)が悪くなっていったのは中学を卒業してからですね。高校には行きましたが、確か定時制か通信制だったので日中はけっこう暇していて、浜松駅近くのこの辺でよく遊んでいました。そこに同じような境遇のフィリピン人がいて、その仲間、またその仲間と繋がっていきました」
そうして形成されていった少年グループの中でも特に2人は仲が良かったようだ。堀内被告が黒いレクサス、共犯のフィリピン国籍の男は白いレクサスに乗り“レクサスコンビ”としても知られていた。













