大谷が参考にしていた今江の「間」

イチローから多くを学んだ、野球人生の転換期となった2006年。ちょうどこの頃、ある小学生が今江に大きな影響を受けていた。

大谷翔平である。

それは過去のインタビューで大谷本人が語っていたことでもあるが、今江の知るところによると、どうやらバッティングでのタイミングの取り方を主に参考としていたようだ。

「僕のタイミングの取り方は独特っちゃ独特なんで、そこを見てくれていたのかもしれないですね。今思うと、すごいことですよね。嬉しいですよ、本当に」

何十年も前からバッティングのタイミングの取り方で定着している表現がある。「1、2、3」と一定のリズムでボールを打ちに行くことだ。それが、今江になるとこうなる。

「『1、2の~3』でタイミングを取るバッターもいますけど、僕の場合は『の~』のところで少し長く体にねじれを入れてから打ちにいくんです」

学生時代の大谷は、今江の打撃のタイミングの取り方を主に参考としていたとか
学生時代の大谷は、今江の打撃のタイミングの取り方を主に参考としていたとか
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独自と語るバッティングを携え、今江はプロ4年目の05年にロッテでレギュラーを掴んだ。打率3割1分と結果を出し、日本シリーズでもMVPと飛躍を果たした。そして、22歳の若さでWBCの代表となり世界一にもなった。そんな今江に憧れを抱く野球少年のひとりに、大谷がいたわけだ。

ふたりがプロとして初めて交錯したのは2013年だ。花巻東に在籍していた前年の12年に当時の高校生最速となる160キロを叩き出し、通算ホームラン数も56本。二刀流のゴールデンルーキーとして日本ハムに入団した大谷は、すでに規格外だった。

「190センチ以上の身長があるくらい大きいってことは、プロ野球選手にとってかなりのアドバンテージではあるんですけど、大谷君には技術も伴っていましたから。僕が対戦していた頃は若かったですけど、それでもね、体の幹が『でかっ!』って思うくらいで」

今江は「ピッチャー・大谷」と通算で11打数対峙し3安打、4打点、打率2割7分3厘とまずまずの数字を残している。15年のクライマックスシリーズ初戦では、大谷をノックアウトするツーベースをお見舞いした。

だが、今江にとって大谷の衝撃は直接対決のピッチャーではなく、少年時代に自分を参考としてくれたバッティングにあった。

東京ドームでの試合前練習。ライトスタンド後方に設置された看板へ、いとも簡単に何度も打球を直撃させる。それはウォーミングアップ中の体を止めてまでも目を奪われるほどの、まさにショータイムだった。

「僕だけじゃなく、みんな見とれてましたからね。なかなか打球が落ちてこないんですよ。それを見ながら『おー!』って。日本にいる時からものが違いましたよね」