「高額療養費利用のために留学してくる外国人」という発言の信憑性

おそらく今回の記事では紙幅の関係もあって精緻な立論をできなかったのかもしれないが、この種の議論をするのであれば、リフィル処方箋の活用でどれだけの国民医療費が節減できるのか等、具体的で定量的なデータとともに論じなければ、雑駁な印象論で終わってしまい、説得力を持ちえないだろう。

さらに言えば、リフィル処方箋やポリファーマシーは、それ自体の問題提起として改善を考察するならともかく、昨年末から活発になっている高額療養費制度を取り巻く議論そのものとは何の相互関係もないし、今回の記事でも山口氏が唱える「制度を守るために、ある程度の負担増は仕方ないのではないか」という主張を支える論拠にもなりえない。

リフィル処方箋やポリファーマシーに関する山口氏の問題提起が高額療養費制度の議論と何ら関連性がないことは、破滅的医療支出の項で紹介した東大大学院五十嵐准教授が、当該記事の公開を受けて緊急に調査・分析したデータからも明らかになっている。

高額療養費制度を使用する疾患の患者データから、使用薬剤の費用とそれぞれの薬剤費に占める割合を分析すると、リフィル処方箋やポリファーマシーの問題とは関連がないことが数値的にもはっきりと示される結果になった。(五十嵐准教授提供)
高額療養費制度を使用する疾患の患者データから、使用薬剤の費用とそれぞれの薬剤費に占める割合を分析すると、リフィル処方箋やポリファーマシーの問題とは関連がないことが数値的にもはっきりと示される結果になった。(五十嵐准教授提供)

五十嵐准教授はリンパ腫(220名)・結合組織疾患(関節リウマチ等:362名)・固形がん(3545名)・高血圧(168名)・糖尿病(192名)・白血病(129名)、計6疾患の患者データについて、使用薬剤の費用(単位:億円:45~49行目)と、各疾患で使用する薬剤の割合(53~56行目)を調査分析した。

その結果、たとえばリンパ腫では「心血管系(薬剤)の占める割合」と「消化管・代謝系薬の占める割合」はそれぞれ0.1パーセントと0.5パーセント、結合組織疾患の場合だと0.2パーセントと0.2パーセント、と非常に小さな数値に過ぎないことが明らかになった。

「少なくともがん系の3疾患 (固形がん・リンパ腫・白血病)の罹患者についてはそのほとんどががん治療系の薬剤であること、がん系3疾患では心血管系の薬剤や消化器系の薬剤の寄与がほぼないこと、対象の人数からしても、高額療養費の議論の受け皿としてリフィルやポリファーマシーを持ち込むのは、やはりミスリードであると考えます」(五十嵐准教授)

要するに、高額療養費制度で使用する薬剤は、通院を必要としないリフィル処方箋で使用する薬や多重服用の副作用が問題視されるポリファーマシーの薬品とは事実上関係がないといってよく、これらの課題は高額療養費を抑制する議論とはまったくの別問題、ということだ。

ちなみに、山口氏は今年3月の政府〈見直し〉案凍結後に厚労省内で発足した「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」の第2回(6月30日)に証人として出席し、そこで今回の朝日新聞記事で展開している論旨と同様の主張を述べている。

その際には「医療者から聞く話によりますと、患者さんの負担が上限額にとどまるということで、いとも簡単に高額な薬剤を使用する医師がいる」「ある薬局の方から連絡がございまして、患者さんの中には自分が一体どれだけ高額な医薬品を使っているかという自覚がなくて、患者さんの言動からおかしいと思って調べたところ、服用せずに捨てていたという方が御自分の薬局を利用している方だけでも複数あった」等々、あくまでも伝聞として知った話を全体論に一般化するような主張が多々見られた。

さらには、「高額療養費制度の使用目的で留学している外国人の存在があるということも聞いております」と、これまでに何度も否定されてきた根拠のない風説を煽るような発言も行っていた(これらの発言はすべて、厚労省がウェブサイト上に公開している議事録https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_60070.htmlで確認できる)。

この「高額療養費利用のために留学してくる外国人」という発言の信憑性については、今回の山口氏記事を掲載した朝日新聞が、3月17日記事「高額療養費制度、外国人の利用割合限定的 支給額全体の約1%」(https://digital.asahi.com/articles/AST3K3V88T3KUTFK02BM.html)で検証し、明確に否定している。

朝日新聞は、高額療養費制度〈見直し〉案が厚労省の医療保険部会で議論され始めたばかりの2024年11月28日付記事「子ども政策財源捻出へ 高額療養費の上限引き上げ」で、この案が岸田内閣時に閣議決定した「こども未来戦略」の財源確保を目的とした弥縫策であることを既に指摘している。

この指摘は、様々なメディアの中でもかなり早い段階での報道だ。そのような慧眼を備えていたメディアが、一方では今回のように具体的な実証性に欠ける印象論で患者の自己責任を問うかのような主張を掲載するのは、正直なところ、やや意外な気がした。

ここまで述べてきた各種事実とデータ類からも明らかなように、今回取り上げた11月1日の記事に関しては、かなり乱暴な論旨で信頼性にも説得力にも欠ける内容、と結論せざるをえない。

文/西村章