子どもの親権について話し合える社会に

――岩崎さんに起きた「子どもの連れ去り」の経緯について教えてください。

岩崎(以下同) 1997年2月に長男が生まれて、産後1ヶ月ほど実家に帰っていた当時の妻が自宅に戻ってきたと思ったら、2週間くらいして子供を連れて出て行ってしまった。僕は当時、放送作家をしていたのですが、番組の収録を終えて朝帰ったらもぬけの殻でした。

そこまで深刻な事態だとは考えていなかったのですが、実家に迎えに行くと、彼女の母親が頑として会わせてくれない。「警察を呼ぶ」とまで言われ、引き下がらざるを得なかった。その後、妻側の友人が同席して3人で会うことになったのですが、「離婚したい」「子どもとは今後一切会わせたくない」の一辺倒。

彼女が僕に対してそんなに不満を抱え、思い詰めていることに全く気づいていませんでした。例えば、言い合いになったときに僕が相手に意見を言わせないような態度で、彼女は何も言えなくなる、ということでした。

岩崎夏海氏 NPO法人公共政策調査機構のシンポジウムにて
岩崎夏海氏 NPO法人公共政策調査機構のシンポジウムにて

――元奥様としては岩崎さんと話し合いができないと感じられていたわけですね。その後離婚が成立されたと。

元妻が家庭裁判所での調停を提案してきたので、受け入れました。調停は双方の話を聞いて仲裁してくれるものと思っていましたが、裁判所から出てきたのは、即時離婚、親権は母親、面会は月に一度、というもの。

納得がいかずに「争いたい」と言ったこともありますが、調停委員から勝てる案件ではないと遠回しに言われました。裁判は前例主義で、一定の結論に向かって淡々と事務処理を進めているのだと理解しました。もっとも、妻側の「父親に会わせたくない」という主張も認められずに、子どもとの月に1回の面会を条件に離婚が成立しました。

――岩崎さんにとっては一方的な提案に感じられたと。離婚されてからすぐに月1回の面会が始まったのですか?

いえ、離婚が成立した年末はまだ子どもが0歳児ですから、数か月後、1歳を過ぎた頃からですね。

子どもとは元妻同伴で午後1時に会ってファミレスで食事をし、ショッピングモールなどに行くのがお決まりのコースでした。子どもと会えるのは嬉しいのですが、別れるのが辛い。会った夜は猛烈に気分が落ち込んで、何も手につかなくなる。まだデジカメも普及していない時代で、会っている間に24枚撮りや36枚撮りのフィルム1本分の写真を撮ってすぐ現像し、それを眺めながら翌月の面会を待つしかありませんでした。周囲ともケンカばかりで仕事もうまくいかなくなった。やがて継続的な希死念慮を抱くようになり、二度自殺を図りました。

――月に1度の面会では埋められない気持ちもありますよね。

これは人によるのかもしれないけれど、女性は妊娠した瞬間から意識が変わると言われますが、男だって変わります。僕は特にそうだった。彼女の妊娠が分かったときから、子どもが産まれた後のことを毎日考えて生きていくわけですから。

僕は、誰かのために生きようなんて思ったことはない。でも、その時ハッキリと感じたわけです。そういう命より大事なものを奪われてしまって、だからあんなに生活が荒れて、自殺未遂まで起こしたのだと思います。

――息子さんとの面会はいつまで行われたのでしょうか?

2003年、子どもが小学校に上がった年に元妻から面会中止を提案されました。ちょうどその頃、面会時に息子が会いたくないような態度を示すようになっていたので、承諾しました。

息子は僕のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたので父親と知らされていなかったと思うけれど、母親のネガティブな感情を感じることもあっただろうし、彼なりに判断したことなのでしょう。それから、20年以上音信不通です。息子が20歳になった年は、もしかしたら会いにくるかもしれないと緊張していましたが、それもありませんでした。

2012年に再婚し、幸い50歳になって子どもを授かることができました。今の妻とは、結婚する前から子供の親権についても話し合いましたね。

最初の結婚時には、離婚したら子どもの親権をどうするかなんて考えたこともなかったけれど、自分が体験してみて、子どもと会えないことがどれだけ人を苦しめるかということが初めて分かった。

親権は当事者になるまで考えない人が多く、それまでに学ぶ機会もない。来年、共同親権がスタートしますが、親になる前に親権について学ぶ機会が設けられる制度を作ってほしいですね。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
写真はイメージです 写真/Shutterstock

6月12日に行われたシンポジウムにおいては、弁護士の紀藤正樹氏も、「妊娠後、出産までの間に、母親学級や両親学級で、生まれた時からその後の育児まで、どうやって子供を抱っこするかも含めて教えてもらう機会があると思いますが、そのときに『親権とは何か?』をきっちり教えるシステムがあれば変わると思います」と発言している。

さらにさかのぼって子を持つことを意識する前、高校や大学でも学ぶ機会があってもよいかもしれない。親権について学びの場を設けることについても、検討が進められることを期待したい。

取材・文/小松沙紀