行為依存としての性加害

さらに、反復的な痴漢行為などの性犯罪には行為依存としての側面もあります。痴漢をしている際、性的に興奮していると脳内報酬系から大量のドーパミンが分泌され、強烈な快感と記憶が脳に刻み込まれます。

これは薬物やアルコールなどの物質依存の神経生理学的メカニズムと共通していて、「やめたくてもやめられない」という状態を生み出す一因となっていると考えられています。

もちろん行為依存の側面があるからといって、「病気だからしかたない」という罪の免責にはなりません。性加害をした「原因」と自分が犯した罪の「責任」は分けて考えなくてはなりません。

加害者臨床の現場では、病理化する弊害として「病気だからしかたない」と捉えるのではなく、行為責任は明確にしたうえで、衝動制御障害の側面も重要視し、いわゆる「やめたくてもやめられない」という嗜癖(しへき)行動という視点で理解するとともに、プログラムに取り組むなかでそれらを認め、手放していくことで、やめ続けることができると考えています。

「生きづらさの根っこ」に向き合う

「性欲がコントロールできなかったから加害行為に及んだ」とする短絡的な性欲原因論は、根本的な問題を矮小化して捉えているに過ぎません。実際には、被害者をモノとして見る認知の歪み、支配欲、パワーとコントロール、スリルやリスク、社会や文化的背景など、より複雑な要素が絡み合って性加害は起きるのです。

また、たとえ加害者本人が「性加害は不適切なストレスコーピングが習慣化した状態だったんだ」と心得て、性加害をやめたとしても、その人が抱える「本質的な生きづらさ」は残り続けます。

私は共著書『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うなかれ』(ブックマン社)でも、「加害者となった彼らには、性暴力が必要となる生き方から脱却する責任があります」と記しましたが、本当の意味で加害者が生き直すためには、なぜ自分に性加害が必要だったのか、被害者を深く傷つけなければならなかったのか、という自分が抱える「生きづらさの根っこ」に向き合わなくてはならないのです。

これは生き方の問題であり、性暴力は関係性の病なので、一朝一夕に克服できることではありません。今日一日、また一日と加害行為をやめ続ける、つまり再犯しない日々を重ねていくしかありません。

加害者も、そしてその家族も、真の意味で平穏な日常を再構築するためには、「性欲が旺盛だったから」という性欲原因論を乗り越えた、性加害・性暴力への本質的な理解が欠かせません。

文/斉藤章佳 写真/shutterstock

『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)
斉藤章佳
『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)
2025/6/13
957円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4022953209

家族も連帯責任で“人生終了”!?
一家離散、ネット私刑、そして自死――
社会から排除される「加害者家族」の“生き地獄”と再生に迫る。


痴漢、盗撮、レイプ、子どもへの性加害……
連日報道される性暴力事件の卑劣な加害者たち。彼らにも家族がいる。
SNSでは個人情報をさらされ、婚約は破棄、職場も追われ、転居を余儀なくされる。
知らない番号の着信やチャイムの音に怯え、やがて自死を考えることも。

あらゆる犯罪のなかでも、とくに世間から白眼視されがちな
「性犯罪の加害者家族」の悲惨な“生き地獄”とは?
家族が償うべき「罪」はあるのか?
1000人を超える性犯罪の加害者家族と向き合い続ける専門家が、
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【目次】
第1章 ある日突然、家族が性犯罪で逮捕された
・「加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです」
・ケース①:痴漢を繰り返した元高校球児
・ケース②:妊娠中に夫が盗撮で逮捕、それでも別れない妻
・ケース③:「優等生」の息子が女子生徒の着替えを盗撮
・ケース④:小6の娘が妊娠、相手は中2の兄 ……ほか

第2章 加害者家族の「生き地獄」
・刑事手続で家族がすべきこと
・裁判での経験がトラウマに
・母親に責任を押しつける「子育て自己責任論」
・夫の痴漢はセックスレスが原因?
・加害者家族が怯える「世間」とは何か ……ほか

第3章 なぜ加害者家族を支援するのか
・両親は夜逃げ、弟はうつ、姉は自死……加害者家族の末路
・加害者家族1000人へのアンケート
・複数回の逮捕でようやく治療につながる
・一番の悩みは「誰にも話せないこと」
・家族会でも排除されやすい「子どもへの性加害」 ……ほか

第4章 それでも日常は続く
・「このまま刑務所にいてほしい」家族の本音
・知らない番号からの着信に怯える日々
・家族に加害者更生の責任はあるのか
・「親が犯罪者」のレッテルは大人になっても続く
・子どもに事件をどう説明するか ……ほか

第5章 加害者家族との対話
・音信不通の息子は留置場にいた
・「育て方が悪かった」と裁判で責められる
・2度目の逮捕で実刑判決
・息子に伝えた自身の性被害経験
・わが子の婚約に抱く複雑な思い ……ほか

第6章 その「いいね」が新たな被害者を生む
・報道されるかどうかは運しだい
・文春砲の功罪
・「SNS私刑」に振り回される加害者家族
・「日本版DBS」で子どもへの性加害を防げるか
・加害者家族を知る映像作品 ……ほか

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