35年で約2倍になった自動車価格

自然災害は、日本で暮らす私たちにとって他人事ではない。だからと言って、移動をめぐる困難や格差が非常時にしか目に見えないかといえば、そんなことはない。日々の暮らしに近いところにも、移動をめぐる困難や格差は存在する。

日本は、極端なまでの車社会である。特に郊外や地方で暮らす人にとっては、車は生活必需品である。私は18歳になったばかりの春に免許を取った。あえて、マニュアル車で取ったのは軽トラックを運転する可能性がある地方の出身ならではという感じだが、近所の人に軽トラを借りて、父を助手席に乗せ、近くの空き地で駐停車の練習をした。

そんな自動車の価格は、今から35年前、1990年は大学卒初任給のおよそ7・5ヵ月分だった。しかしいま、大学卒初任給のおよそ15・5ヵ月分にまで上がっている。約2倍である。価格の上昇には、物価高やハイブリッド車の普及、自動運転機能や安全運転機能の標準装備化といった、機能の高度化、半導体不足などが関係している。

上昇し続ける自動車価格
上昇し続ける自動車価格
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「安全で安心な車なんだから、高くてもいいじゃないか」と思うかもしれないが、高くなり続ける新車を買うのが困難な人にとって、こうした状況は歓迎だけではないだろう。より安全で、より高機能な車が増えるのはたしかに良いことである。

しかし、同時に、社会階層が高い人は「新しくてオートマティックでより安全な車移動」を実現する一方で、社会階層が低い人は「一昔前の自動性や安全性が相対的に低い車移動」を選ばざるをえない――そんな格差を生じさせているとも言える。

文/伊藤将人 写真/shutterstock

『移動と階級』(講談社)
武田知弘
『移動と階級』(講談社)
2025年5月22日
1,100 円(税込)
272ページ
ISBN: 978-4065397343

この世界には「移動できる人」と「移動できない人」がいる。

日本人は移動しなくなったのか?
人生は移動距離で決まるのか?
なぜ「移動格差」が生まれているのか?

通勤・通学、買い物、旅行、引っ越し、観光、移民・難民、気候危機……
日常生活から地球規模の大問題まで、移動から見えてくる〈分断・格差・不平等〉
独自調査データと豊富な研究蓄積から「移動階級社会」の実態に迫る!

【本書のおもな内容】
●「移動は成功をもたらす」は本当なのか?
●半数弱は「自由に移動できない人間」だと思っている
●5人に1人は移動の自由さに満足していない
●3人に1人が他人の移動を「羨ましい」と思っている
●移動は「無駄な時間」なのか?
●移動は誰のものか?――ジェンダー不平等という問題
●格差解消に向けた「5つの方策」とは?……ほか

【目次】
第1章 移動とは何か?
第2章 知られざる「移動格差」の実態
第3章 移動をめぐる「7つの論点」
第4章 格差解消に向けた「5つの観点と方策」
「移動」をもっと考えるためのブックリスト

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