追加関税は誰が払うものなのか?

そしてここが一番の勘どころなのだが、問題となる追加関税はいったい誰が払うべきものなのか? 誰が痛みを感じるのか? そこがあまり明瞭に伝えられていない気がするので、この場を借りて説明してみよう。

これはおそらくトランプ支持者も一般人もその実状を、詳しくは知らない。一言で言うならば、追加関税を払うのは、売っている側(輸出業者・輸出メーカー)ではない。“輸入業者”が払うものなのだ。当然ながら、追加関税を被ることになる輸入業者は、その分をすべて価格に転嫁させる。

このような追加関税の仕組みについてトランプ大統領が理解できていないとは思えない。それではなぜ、トランプはあえて追加関税を発動したのか?それは、米国の富裕層を優遇するためだろう。

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トランプが最終的に目指しているのは、連邦所得税の“廃止”であろう。米国は19世紀には所得税が存在せず、政府予算は全部関税で賄っていた。

考えてみれば、これは金持ちの税金を減らす視点からは、きわめてメイクセンスなものであった。現在の米国においてはトップの1%の金持ちが連邦所得税の46%を、トップ10%の金持ちがその76%を納めている。翻って、ボトムの50%が払っている税金の全体に占める比率は2.3%でしかない。

米国では所得税の大半を高所得者、富裕層が払っているのが現状といえる。彼らが払う連邦所得税をなくして、消えた税収を仮に“追加関税”で賄うのであれば、これは新たな消費税にあたるのではないか。消えた金持ちの税金分を全国民に広げるとすればの話だが。

トランプが成し遂げようとしているのはこれだと、私は思う。米国のトップ10%の金持ちが76%の所得税を納めているような状況で、所得税をなくして一番得をするのはトップ10%なのだから。きわめて分かりやすい。トランプは単に米国の富裕層を〝優遇〟しようとしているだけなのだ。

こうしてトランプの政策や振る舞いを見るにつけ、彼のロールモデルが25代大統領のウィリアム・マッキンリーであるのが否が応でも分かってくる。トランプが「ミスター・タリフ(関税率表)」を自認するのは、尊敬するマッキンリーに倣ったために他ならない。マッキンリーは1890年代に米国繁栄のためと「高率輸入関税」を発動している。

ここで19世紀後半の税制を紐解いてみると、当時1890年に制定されたマッキンリー関税法は関税率を何と49.5%に定めていた。

トランプはおかしなことを言うけれど、どうせ口先だけで実行しないだろう、世の中にそんな心持ちで彼を眺めている人は多かった。だが、今回は有言実行で強行した。グリーンランド奪取発言についても、本気で語っていることから、いま欧州は身構えている。


文/エミン・ユルマズ

エブリシング・クラッシュと新秩序
エミン・ユルマズ
エブリシング・クラッシュと新秩序
2025年5月26日発売
1,870円(税込)
四六判/256ページ
ISBN: 978-4-08-786140-2

2025年の4月2日、米国のトランプ大統領が全世界に向けて発表した関税政策は、世界中に衝撃を与え、世界同時株安を招いた。
NYダウやS&P、nasdaqなどの米国の株価の主要指数の暴落は一週間ほど続き、日経平均も一時は500兆円もの時価総額を失うほどの暴落となった。いわゆる「トランプショック」である。

今回の経済危機は、まさにこの本の校了中のできごとであり、日々、情報をアップデートしながら、この本は完成した。
ただ驚くことに著者は、すでにこの本において経済危機が来ることを予測し、4つの兆候について詳しく分析していたのだ。
それは2000年代のITバブル崩壊やリーマン・ショックの際にも表れた、いくつもの経済指標の変化を読み解いた結果だった。

また日々の経済データの分析のみならず、経済の歴史も深く研究している著者は、今回のトランプショックを単なる一時的なものとは捉えず、世界経済や国際政治が大きく変化するパラダイム・シフトと考えており、その理由も本書では明らかに語られている。
中国のみならず、BRICS諸国も台頭する今、私たちは大きな歴史的な転換期に生きているのだ。
米国と中国の新冷戦、それによる経済のディカップリングを早くから予見していた著者は、常に著書やSNSで最新の情報を発表してきた。

本書は、それらを集大成し、世界が変わる重大な局面において発想の転換を促す書でもある。
ますますひどくなる新冷戦によって経済がブロック化し、世界中がより高インフレに悩まされ、インフレ下の不況、すなわちスタグフレーションに陥りかねないことに著者は警鐘を鳴らしている。

こんな先行きが見えない時代に、自分の資産を守るにはどうしたら良いか、歴史を学び長期的な視点を持つことの大切さを説く。
さらにこの新冷戦の中、再び注目を浴びるのが日本であることにも言及し、危機をチャンスととらえるべきことを教えてくれる。
世界が日々、変化する現代に生きる私たちが、経済危機をいかに乗り越え、未来に希望をもつべきか? 多くのヒントを教えてくれる必読の書である。

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