世界中を駆け巡った「ジャマイカが救われた」というニュース
1978年、政治抗争に揺れるジャマイカには、ボブ・マーリーの力が必要だった。ボブは敵対する二つの政党、PNP(人民国家党)とJLP(ジャマイカ労働党)の代理人を英国に呼んで休戦協定の仲介を試みた。
そして1978年4月22日にはジャマイカの国立競技場で、抗争の終結を願って「One Love Peace Concert」の開催が決定。ボブ・マーリーはこのコンサートにメインアクトとして出演することになり、亡命先のロンドンから帰国した。
俺の命より、他の人々の命が重要だ。みんなを救ってこそ俺はある。自分のためだけの命なら俺は要らない。俺の命は人々のためにある。
首都キングストンにある会場には、ジャマイカを代表するレゲエ・ミュージシャンたちが集まり、最前列には首相や両党の国会議員らが招待された。













