闘う人がいれば、その姿を見守る人も。
誰もが、本当はひとりじゃない
―― 役との年齢差を乗り越えて代役を見事に演じ、脚光を浴びるマル子。その対比となるのが、降板した「ももちゃん」こと中野ももの存在です。子役からキャリアを積み、アイドルグループ「スピンズ」の一員となったももは、演じることに自身の存在意義を見出そうと舞台に挑みますが、演出家からの厳しいダメ出しとプレッシャーに追い詰められることに。作者と作品は別物なのですが、アイドル活動を経て俳優として、ひとりの表現者として脱皮しようともがく彼女の姿に、つい松井さんを重ねてしまいました。ご自身でも、書いていて身につまされる部分があったのではないでしょうか。
そうですね。私自身のことではないとしても、壁にぶつかった経験があるのは同じなので……。舞台でも映像でも、今、現場に行くと、そこには私より年下の俳優たちがたくさんいて、頑張っているけれども思うようにできなくて悔しくて塞ぎ込んでいる様子はよく目にします。
ももちゃんはこの先仕事を続けていくにはどうしたらいいかと考え、今、目の前にあるアイドルというカードを選択した人。ある意味、自分自身が商品だと自覚する潔さを持っている子です。そんな彼女が芸能界でどう戦おうとしているのか、そのプライドや格好よさも表現できたらいいなという思いで書いていました。
―― この二人を軸にしつつ、物語はさらに別の立場の人物を取り込みながら進んでいきます。第2話「僕はなんのために」に登場する〈僕〉は、いわゆる〝もも推し〞の大学生。彼女を目当てに取ったチケットで劇団潮祭の舞台を観に行き、代役のマル子の芝居に感銘を受けて彼の人生も動き始めます。舞台の上から外へ視点がずらされることで、目の前の世界がより立体的になる感覚を味わいました。
ありがとうございます。最初はマル子さんの話の続きを書くか、ももちゃんの物語にするかと考えたのですが、ふと、この舞台を観に来た人が何を思ったのかというのもおもしろいんじゃないかと。ちょうどコロナ禍の頃、劇場に行ったものの、推しがその日は出演できなくなり、劇場前で肩を落とすお客さんたち、といった状況がよく見られたので、その人たちがどんな気持ちで応援していたのか、その気持ちにも焦点を当ててみたくなりました。それはある意味、自分が応援される側でもあるからだと思います。
「会えて幸せ」「うれしい」と満たされる気持ちにはなるものの、応援って、よく考えたら物質的な見返りは何もないんですよね。なのに応援してしまう、それはいったいなぜなんだろう? と深掘りしたくなって……。この一編を書いてみて、自分としてはとてもしっくりくる部分がありました。
―― 第4話「あなたのために」は、映像の仕事も入り始めて多忙になったマル子についたマネージャー、揚塩亜華覇の視点で綴られます。インパクトの強い名前を持つ若い男性ですが、突然向けられたスポットライトに戸惑う年上のマル子を陰に日向に気遣い、〈今日は自分のために舞台に立ってきてください〉〈もっとわがままでいいんですよ〉と声かけをするなど、実に気の利いたサポートぶりです。
この人にもモデルがいるんですが……(背後にいる女性をチラリと見て)本人がいる前で言うのは恥ずかしいんですが、私のマネージャーさんなんです(笑)。マル子さんをしっかり支えてくれる人が側にいたらいいだろうなと思ったとき、身近にいる彼女を頭に置いて描き始めたら、どんどん先が書けて。亜華覇くんの名前が派手なのは、以前のマネージャーさんの名前がやはり派手で覚えやすかったから(笑)。そういう意味では、亜華覇くんは私が今までに出会ってきたマネージャーさんたちの集合体なのかもしれません。
マル子さんは自分はひとりぼっちだと思っていますが、実は側には亜華覇くんがいるし、舞台の仲間たちが応援してくれている。ももちゃんにも、遠くで見ている〈僕〉、道永くんのような人がいるわけです。対比となるこの二組のように、誰にとっても見守ってくれる存在がいるんだよということが伝わったらいいなと思いました。
書くことは、自分の本心に向き合い、
それを伝える大切な方法
── そして第5話「オーバーラン」、最終話「カット・イン/カット・アウト」では、すべての登場人物が再登場し、彼、彼女らの物語が織り上げられていきます。途中、かなり緊迫する場面もありますね。
私はいつも頭の中で映像を展開させながら小説を書いているんですが、第6話で起こる事件のような出来事はまったく思ってもみなかったことで、書き上げるまでにすごく時間がかかったのを覚えています。雑誌連載という形で書いたのは今回がはじめてで、回数も一応決まっていたため、「待って、まだもっと書かなきゃいけないことがある気がする!」「これ、本当に終わりますか?」という焦りも、はじめて体験しました(笑)。
── そして、マル子ともも、ふたりにとってその運命に一旦区切りをつけるときが訪れます。とくに、マル子が第1話の代役騒動からずっと持ち続けていた、自分はももの代わりに過ぎないという、一種の負い目にも似た感情にどう決着をつけるかが、大きなポイントになりました。
俳優として役を演じることにも通じるんですが、誰かの代わりになるって、決して簡単なことではないと思うんです。でも、マル子さんは、自分が評価されることになったのは、ももちゃんがつくり上げてきたものがあったからだという思いが拭えずにいる。そんなふうに、自分は本当は陰の存在なのにと自己暗示をかけ、生きることに自信が持てず不安定になっている人はけっこう多いんじゃないかと思います。
自分自身も漠然とそんな不安を抱くときがあるので、物語の中でそれに向き合いながら、登場人物たちが自分の存在価値や、今ここにいる意味をわかって次の一歩を踏み出せるようになったらいいなと……。気持ちのいい終わり方にするというのも、今回の目標でしたね。これまでダークな終わり方をする作品ばかり書いてきたので。
── 松井さんご自身は、俳優のお仕事も執筆も順調な現在。それでも、マル子やももが感じるような迷いや不安を感じることがあるのでしょうか?
もちろん。いつも迷ってます。小説を書いているときも「本当にこれで大丈夫かな?」と。思ったところにたどり着けるかどうか、そして、ひとりよがりにならず意図がちゃんと読む人に届くのかどうか、そんな不安は常に感じていて。 でも、心配ばかりしていても何もいいことはないので、だめならだめでそれは勉強として次に活かしていこう、必ず改善はできるはず! と割り切りながら……でも実際は、原稿を編集さんにお渡しして、返ってきた感想を読んで「よかった~、伝わってた!」と、ひとりパソコンの前で泣いたりしています(笑)。
── 物語が最終局面に向かう過程でも、重ねられるのは「自分とは何か」「本当にいるべき場所とは」という問いかけ。今作を束ねるテーマともいえる自問自答は、松井さんがこれまで発表したどの作品にも通じているように感じます。
そうですね。私は、人の思い、その本音の裏側を書くのが好きなんだなと、あらためて思いました。こうして立っているけれども、実はこんなふうに感じているとか、本当はこんな不安を抱えているとか……そういう、表には見えていない裏側を突き詰めていたいんだなと。
前に、あるミュージシャンの方に「君はもっと自分の思っていることをストレートに言ったほうがいいんだよ」と言われたことがあったんです。「でも松井玲奈としてそれを言うと、角が立つだろうし」と返したら、その方から「あなたには文章や小説がある。本当の自分を表現する方法があるのに、もったいないじゃないか」と言われて、さらにハッとしました。そうだ、私は自分のことをわかってほしいと思うのと同時に、こんなふうに考えて生きている人がいるんだよということを人に伝えたくて、書くことに向き合っているんだと。私はそういう人間だし、これからもそうあるべきなんだろうなと思っています。