就活をして入社した上場企業はやめる予定

そろそろ約束の1時間が経とうとしていた。私は「いや、面白かった。ありがとう」と、取材の終わりを告げた。

謝礼の1万円を渡し、目の前で領収書を書いてもらうと、彼女はなんの躊躇もなく実家の住所と本名を記す。その無防備な姿を見ながら、この先、悪い客に出会わなければいいけど、と心の中で案じる。

「あのさあ、またしばらく時間が経ったら、同じような感じでインタビューさせてもらえないかな?これからどういう変化が起きるのか知りたいから」

「あ、全然いいですよ。また連絡してください。変化といえば、もうちょっとしたら私、会社を辞める予定なんですよね」

さらりと口にする。

「ええっ、辞めちゃうの?どうして?」

「いやなんか、働いてみたら、全然予想と違ってたんですよ。だからもういいかなって」

就職活動をしてようやく入った一部上場企業のはずだが、彼女の口調にはまったく未練や迷いが感じられない。

「次はどうするか決めてるの?」

「いや、まだなにも。でも、とりあえず貯金もあるし、そんなに焦らずに探します」

「そうなんだ。わかった。じゃあ今度はその点も含めて話を聞かせてね」

「はーい」

大学・就職先・勤めているSM風俗店も同じだというレズビアンカップルの“事情” なぜ彼女たちはSM風俗嬢になったのか? _4
すべての画像を見る

なんとも拍子抜けするあっさりした態度に、私はなんだか未来の楽しみを得たような気分になった。もちろん、彼女が心変わりをせずに取材を受けてくれれば、という前提ではあるが、カオルがこの先、年齢と経験を重ねてどのように変わっていくのかを知ることができるのだ。それはとても贅沢なことのような気がしていた。

写真はすべてイメージです
写真/shutterstock

風俗嬢の事情 貧困、暴力、毒親、セックスレス―― 「限界」を抱えて、体を売る女性たち
風俗嬢の事情 貧困、暴力、毒親、セックスレス―― 「限界」を抱えて、体を売る女性たち
2024年12月20日発売
792円(税込)
文庫判/280ページ
ISBN: 978-4-08-744728-6

性暴力の記憶、毒親、貧困、セックスレス――それぞれの「限界」を抱えて、体を売る女性たち

【作家・桜木紫乃氏 推薦】
彼女たちには文体がある。
限界はいつだって表現(スタート)地点だ。

過去の傷を薄めるため……。
「してくれる」相手が欲しい……。
そこには、お金だけではない何かを求める思いがある。
ノンフィクションライター・小野一光が聞いた、彼女たちの事情とは。

著者が20年以上にわたる風俗取材で出会った風俗嬢たちのライフヒストリーを通して、現代社会で女性たちが抱えている「生と性」の現実を浮き彫りにするノンフィクション。

amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon