いまここから「伝統」の先をつくる

起業して間もないころ、九谷焼のある工房へ伺ったとき、お取引の許可はいただいたが「そんなに売らんで良いからね」と言われて驚いた。その後も別の職人さんたちから、同じようなことを言われた経験がある。

理由を伺うと「流行り物は廃り(すたり)もの。一時的に持てはやされるものは、一瞬にして消えていく。太く短くより、細く長く付き合いたいから」と言ってくださった。

当時の僕は、それまで数年で上場を目指すようなIT起業家を目指していたこともあって、この言葉にはハッとさせられた。そこに、創業100年を超える老舗企業が世界で最も多いと言われる日本の商いの真髄を見た気もしたのだ。

僕はもともと「伝統工芸が大好き」で事業を始めた人間ではなかったため、「伝統」の価値が自分のなかで腑に落ちず、「長く続いていればとにかく良いモノなのか?」という素朴な疑問を抱いてきた。

そんなある日、佐賀県伊万里市の鍋島焼職人・川副隆彦さんから「僕はご先祖様の恩恵を受けているけど、まだ何も生み出せていない気がする」という悩みを聞いたのだった。彼の言葉は僕の疑問への直接的な答えではなかったが、その切実さは、伝統がいまを生きる職人さんにいかに大きく作用しているかを教えてくれた。

それぞれの工芸品をめぐる表現や技術は、気の遠くなるような歳月を経て少しずつ改良され、最適な「型」となって受け継がれていく。また、型があるからこそ、作り手は「何でもあり」という大海に溺れず、自由を得られるのだろう。

何代にもわたり受け継がれ、進化し続ける型。その時間がいまを生きる職人さんの手に作用し、彼らが生み出すモノに宿る厚みと奥行きこそが、伝統の力なのだろうと実感した。

佐賀県伊万里市の鍋島焼職人・川副隆彦さん
佐賀県伊万里市の鍋島焼職人・川副隆彦さん
川副さんの仕事。素地に釉薬をかけ、焼き上げると、美しい鍋島特有の青磁になる。
川副さんの仕事。素地に釉薬をかけ、焼き上げると、美しい鍋島特有の青磁になる。
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いまは、伝統とは、巨人の肩に立たせてもらいながら自分の新たな景色をつくる営みでは、と考えるようになった。そして、文化とはやはり生き物だと思う。

工芸品をめぐるセンスや美意識も、一人ひとりの作り手や使い手のなかに受け継がれ、変化しながら生きていく。文化遺伝子という言葉も思い浮かぶが、ものづくりの本質は、生き物のように僕たちのなかでつながっていく。工芸の魅力の根底にあるのは、そうした継承と挑戦の文化だと考えている。

遡れば、19世紀イギリスのウィリアム・モリスによる「アーツ・アンド・クラフツ運動」がアール・ヌーヴォーにつながり、20世紀の日本では柳宗悦が民藝の時代を創った。そうした先人たちの挑戦の先に、僕たちは現代の日本から、工芸を通じて手しごとの時代を復活させたい。

またそのことによって、日常のなかで美しいモノにふれ、自然の恵みと共にある暮らしを楽しむ感性を取り戻していけたらと思う。道のりは長くなるかもしれないが、これはいまこの時代に生きる僕たちだからこそできるチャレンジだと言える。そう考えると、こんなにも面白く魅力的な挑戦はそうはない、と思うのだ。

編集協力:内田伸一

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