山では女性の話、鼻唄、アクセサリー着用NG、「マタギ」の独自戒律

シカリのもと、戒律を守って集団で猟をするのもマタギの特徴だ。

「たとえば山で女性の話をしてはいけません。アクセサリーの着用や鼻唄もだめです。昔はもっと厳しくて、猟の前には酒を絶つとか、女性と寝てはいけないというのもあったそうです。阿仁マタギは山の神を信仰していて、それが嫉妬深い女性だからだと伝わっています。でも僕が思うに『山に入ったらそれくらい集中しなきゃいけない』という意味だと。

他にも、昔は『マタギ言葉』があって、里の言葉とは明確に区別したそうです。今は標準語ですが、クマのいるエリアに近づいたらむやみに口をきかないというのは守られています。秋田犬のイメージがありますが、クマ猟に連れて行く人は誰もいませんよ。クマのほうが逃げてしまいますから」

マタギ修行には決まったカリキュラムがあるわけではない。狩猟免許をとって地域に住み、仲間として猟をやるなら誰でもマタギだとシカリは言う。

「地域のつながりはとても強いです。猟には普段の人間関係がそのまま出ます。たとえば巻き狩りでは一応無線機は持つんですが、両隣の尾根を歩いている勢子の姿は見えないことがほとんどです。あの人のペースはこれくらい、こういうクセがある、ということを理解して、阿吽の呼吸ができていくんですね」

取材の最中も次々と顔見知りに出会う。山深い地域ゆえに、自然と助け合いの精神が発達したのだろうと益田さんは想像する。

「獲物を平等に分ける『マタギ勘定』の文化は、今でもかなり厳密に残っています。赤身が多いとか脂身が多いとかの不平等を避けるため、肉はブロック状に細かくカットします。秤に載せて、100gでも違えば調整します。この場では上下関係はありません。クマという貴重な資源をみんなで授かったという考え方です」

戒律を守って狩猟に挑むマタギ
戒律を守って狩猟に挑むマタギ