客が/読者が悪いと思っていた
――小説には「あばよ在りし日の光」というお笑いコンビの芸人が配達員として出てきますけど、この名前は……。
結城 さらば青春の光が好きだったので、もじって名づけたんです。TAIGAさんだけじゃなく、芸人さんとウーバーイーツって親和性があると思ったのでそれを一話突っこんだんです。
TAIGA 配達員をやってる芸人は多いです。タイムカードもなければ年下の店長に怒られもしない。ノーストレス。
結城 急にオーディションがあってもバイトのシフトを変えてくれという必要がない。その時間やらなければいいだけ。
TAIGA 普通のバイトなら「誰か代わってもらえないですか」ってグループLINEを回して、見つからない、どうしようとなるけど、そういうのがない。
――小説に登場するのはコンビですけど、TAIGAさんはピン芸人。
TAIGA 相手がいる、いないはえらい違いで、僕は自分で作ったものを自分で演じるだけだからスベっても自分の責任、受けたら自分の手柄、報酬も全部自分。でも、M-1チャンピオンになろうぜみたいな二人で組んだら熱量がぶつかって「いや、俺の言った通りに相手ができてねえじゃん」「だから違うよ、間が」となって仲悪くなるのはすごくわかる。
――小説に出てくる芸人は、ネタを書いてもらっている側なんですよね。
結城 芸人コンビを題材にする場合、自分がネタを書いても相方がうまくやってくれないという例が多い気がしますけど、それをなぞっても今までのものに似てしまう。ネタは任せているけど、任せているだけの自分にちょっと苛立ってて、そんな彼が、事件を通じて自らネタのアイデアを相方に授けるに至る、みたいな展開がいいかなと考えました。
――シリーズもののミステリだと、ホームズのような名探偵とワトソンみたいな助手がいて二人のやりとりで笑わせるパターンが多いでしょう。でも、この小説は、話ごとにワトソン役の配達員が交代する。それは意識したんですか。
結城 バディものだと探偵と助手が固定され、やりとりの面白みで引っ張るのが常套手段ですけど、今回は助手側の配達員が毎回代わる。だから店主側になにかないと引っ張れないよなと思って、こんな感じのキャラに落ち着きました。
――鋭い推理力がある一方、逆らったらなにをされるかわからない不気味さもある。また、配達員は毎回人が代わるけれど、話の進め方はいつも同じパターン。そこが絶妙に面白い。
結城 ある種の様式美だけど、話ごとにちょっとズレた部分もあって、そこを面白がってもらえたらと考えました。
――結城さんはここでコンビ芸人について書きましたけど、ピン芸人についてはどう見ているんですか。
TAIGA 聞きたいですね(笑)。
結城 自分がやるなら、コンビ一択です。全部一人で背負い込まなければならないのは、ちょっとしんどそうですし。喜びも苦しみも分かち合える人間が近くにいた方が、気楽でガス抜きできるでしょう。
――スベった時にどうですか、って芸人さんにお聞きすべきなのか(笑)。
TAIGA 若手の頃は小説にも書かれていたみたいに、面白くないんじゃなくて、面白いのに伝わらなかったと、スベるのがカッコいいとすら思っていました。やってることが難しすぎてセンスないお客さんにはわからないのね、みたいな。スベり散らかしてただけなのに。でも、スベるのが怖くなった時期もありますし、なんとも思わない時期もありましたし、年代によって変わってきました。
結城 メンタリティも関係あるでしょうけど、数でいうとコンビとピンは……。
TAIGA 断然コンビの方が多いです。ピン芸人はもっと評価されるべきじゃないかと、僕はずっと思ってます。
――編集者のサポートがあるにせよ、作家の仕事も一人で背負うものですよね。
結城 タイプとしてはピン芸人(笑)。
TAIGA 「読んだけど、つまんねえ」とかエゴサしたら出てきませんか? そういうのに傷つかないタイプですか。
結城 デビューしたての頃はすごく気にしたし、自分の力不足を棚に上げて「国語の勉強し直してから読め」ぐらいに思って(笑)、むりやり溜飲を下げるくらい荒(すさ)んでいた時期もありましたけど、少しずつ売れ始めてから、読者の反応を消化できるようになりました。今は前ほどエゴサしないですし、成長したかなと思います。健康なメンタルを保つための、最初は誰もが通る道だと思います。
TAIGA そのぐらいの自信がないとやっていけないですしね。最初のうちから本当に面白いのかな、いい作品なのかなと思いながらではできない。でも、その自信って打ち砕かれていきませんか。
結城 期待したほど売上が跳ねなかったと数字が出ますし、これじゃ駄目なのかとデビュー直後に感じました。お笑い芸人さんほど母数は多くないですけど、毎年新人がデビューして全員が二作目、三作目を出せるわけではない。そのなかでいかに生き残って頭一つ抜きん出るか、すごく危機感を覚えてどういう作戦でいくか頭を悩ませていました。
配達で互いの人生が交わる
――小説には配達員とオーナーの関係や、配達先で客と話す場面が書かれていますけど、実際に配達されている時、店のオーナーと顔見知りになったり、お客さんのプライベートが垣間見えたりすることもあるんじゃないですか。
TAIGA 両方あります。マックの店員さんとか僕を芸人と知ってくれているし、「のど渇いてませんか」とお水を出してくれたりする方もいます。配達側でいうと、ウーバーイーツのチップはアプリを通して送るんだけど、金額に上限がある。でもタワマンに一回届けたら「お父さんとして頑張っている姿をテレビで見て感動したんで」と一万円札をくれた。ありがたかったです。
かと思えば、神棚があって日本刀みたいなものが飾ってあって、彫り物が入った人が出てきて絶対ヤ〇ザだなというところにも届けました。こちらがビビるのを見て楽しんでいるように思えるんですけど、こっちは動揺してませんみたいな感じで渡しました(笑)。首吊りや飛び降りがあったとニュースで見た場所ではやはり少し身構えてしまうし。あと、ランジェリー姿で出てこられて、誘惑されてるのかな、AVの設定で見たやつだ(笑)、なんて時もありました。
結城 配達先がラブホテルの一室で、プレイの一環なのかバスタオル一枚の女性が受けとりにきて、奥で男が見ているという話を読みました。プライベートの空間に一瞬でも第三者が介入する、互いの人生が交わるのは面白い。そこを拡大したのが今回の小説なんです。TAIGAさんの話を聞いていると、この作品に出てくるギグワーカーたちの生活が、より肉づいたみたいな感じがします。
TAIGA 残念なのがコロナ禍以後、置き配が増えすぎてもう対面は二、三割しかないこと。暑いなかや雨のなかに届けて「ありがとうございます。ご苦労様です」と言ってもらえたら頑張ってよかったなと思いますけど、知らん家にポツンと置いて証拠の写真をパッと撮って帰るのはむなしいです。
結城 個人的には、他の人が触れられる場所への置き配には抵抗があるんですけど、一般的には逆なんですね。
――小説では、配達員がこんな時間にこんなものを注文するのかよと思う場面がありますけど、そのように気になったことはありますか。
TAIGA むしろ、夜中まで配達しているとなにを運んでいるかは、どうでもよくなってきます。たまに丁寧な店員さんが、メニューを一つ一つ説明してくれるんですけど、急いでるんだけど! ってなる。あと、配達員は店へ行ったら、暗証番号みたいなものを書いて渡すんですけど、感じの悪い店員はいきなり「はい、番号」って言う。俺は番号で呼ばれる受刑者じゃねえよ、と。置いてある商品を黙って棒で指したりとか。配達員にもマナーが悪いやつはいるし、嫌な思いをした経験があるかもしれないけど、頑張っている人もいる。配達員だって店の客になる可能性があるのに、対応を悪くしたら駄目だと思うんですよ。
結城 配達員を邪険にするメリットなどないですからね。今回の作品にいろいろ詰めこんだつもりでしたけど、TAIGAさんのお話を聞いて、まだネタはあると思いました。もし続編を書くことになったら、またよろしくお願いします。
「小説すばる」2024年7月号転載