「ポール・マッカトニーよりは早かった」

技術の進歩で多重録音ができるようになったことから、自分でプロデュースしてワンマン・レコーディングのアルバムを思いついたのだ。

今では目新しさもないワンマン・レコーディングだが、まだマルチ・テープレコーダーが8チャンネルから16チャンネルに移行しつつあった時代に、アルバム全てをそれで統一するのは画期的なアイデアだった。

スパイダースのアルバムの中でも、かまやつひろしは一人ですべての楽器を演奏して自分で歌った曲をすでに3曲発表していた。

それらも加えたアルバムの全曲の作曲・編曲がかまやつひろし、作詞には俳優の石坂浩二、作詞家の安井かずみとなかにし礼、テンプターズの萩原健一などが参加した。

こうして幅広い交友関係の仲間たちとともに、ジャンルの壁を越えた遊び心のある実験的な作品ができあがった。

「当時としては自分が世界初じゃないかと思っていた。ところが。実はジャズ・ピアニストのキース・ジャレットがすでに試みていたのだ。ただ、ポール・マッカトニーよりは早かった。自慢じゃないが」

1970年2月25日発売『ムッシュー かまやつひろしの世界』(フィリップス)のジャケット。作曲・編曲だけでなく、多重録音を駆使して全楽器の演奏、ヴォーカル、コーラスも全てムッシュ自身が手がけた日本初のワンマン録音アルバム
1970年2月25日発売『ムッシュー かまやつひろしの世界』(フィリップス)のジャケット。作曲・編曲だけでなく、多重録音を駆使して全楽器の演奏、ヴォーカル、コーラスも全てムッシュ自身が手がけた日本初のワンマン録音アルバム
すべての画像を見る

アルバム『ムッシュー かまやつひろしの世界』を聴いて、すぐに反応したのが内田裕也で、「すごいよ! あのレコード」と、真夜中に興奮した声で電話がかかってきた。

スパイダースが解散した後のかまやつひろしは、フォークの若い世代と積極的に交流を持ち、中津川フォークジャンボリーに参加するなど、ジャンルを軽々と越境して自由自在に音楽を続けて、吉田拓郎が書いてくれた『我が良き友よ』で大ヒットを放った。

なお、大瀧詠一によれば、かまやつひろしは、はっぴいえんどのファースト・アルバムを、「先輩および現役ミュージシャンとして一番早く評価してくれた人」だったという。

文/佐藤剛 編集/TAP the POP

参考・引用文献
『エッジィな男 ムッシュかまやつ』サエキけんぞう/中村 俊夫 著 (リットーミュージック)
『ムッシュ!』ムッシュかまやつ 著(文春文庫)