唐突な演出はクドカンから視聴者への愛だ

クドカンの手がける作品には二元論が多く取り入れられることが多い。『不適切にもほどがある!』では、昭和と令和。『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系・2016年)では、現役昭和生まれ世代と、ゆとり世代。背中合わせのような項目をひとつの物語に詰め込みながら、最終的には両者を取り持って、丸く収める。

第四話では「SNSとの距離感」がミュージカルシーンの歌詞になった。スマホやSNSにまったく触れたことのない市郎と、ビジネスシーンでも暗黙のルールを守って使いこなす令和の人々。市郎がSNSを始めると、そのやりとりなどの距離感が分からず、つい激怒してしまう。そして渚が歌い出した。

「SNSは本気で打ち込むものじゃない」

これこそ、SNSビギナーとエキスパートを一言で収めるワードだ。そう、本気にならず、ただの情報交換ツールだと思えばいい。

「既読なんかつかなきゃいいんだ、業務連絡なら連絡網で十分だ!」

恋する女子高生のように既読に翻弄される市郎。第四話のミュージカルばかりは、ドラマサイドが問題を提起する側だったことが印象に残った。

「不適切にもほどがある!」賛否両論のミュージカルに盛り込まれたクドカンの真意とは…まだ間に合う「ふてほど」1〜4話を総復習_3
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テレビで観ているだけだと、ミュージカルシーンの素っ頓狂さばかりが目立ってしまうけれど、実はそこに深い意味がある。ちなみにクドカンがドラマでミュージカルを採用するのは、今回が初めてではない。

2006年放送の『吾輩は主婦である』(TBS系)でも、演出の一環に使っていた。他にも『木更津キャッツアイ』(TBS系・2002年)では物語が終盤に差し掛かると突然、逆再生が始まるという演出もあった。今でこそ珍しくなくなった、逆再生も20年前は斬新だったのだ。要は真面目に訴えると誤解が生じそうなことを、歌うことで柔和にさせているのだろう。

ドラマ終盤、唐突な演出をトリガーにして一気に盛り上げる。これはクドカンならではの視聴者へのサービスといっても過言ではない。

文/小林久乃 写真/shutterstock