反主流派と勘違いから生まれたMacのGUI

若いころのジョブズは、今のイーロン・マスクのように破天荒なところがあり、朝令暮改に指示を変えたり、俗に「現実歪曲空間」と呼ばれる独特の説得術を駆使したりして、自らの理想を実現しようとした。初代Macは、そんな状況でも彼のビジョンを信じてついていった開発メンバーの手で作られたのだが、それゆえに数々のエピソードに満ちている。

そもそもの開発のきっかけは、当時の最先端のコンピュータ科学者たちが集うゼロックスのパロアルト研究所で、ジョブズと部下のエンジニアたちが、「Alto」と呼ばれるGUIベースの実験機を見たことにあった。

ジョブズはゼロックスが一般向けの商品化を考えていないことを知るや、それをApple流のやり方で実用化しようと決意。彼に賛同する何人かの研究者もAppleに移籍し、「Lisa」と呼ばれるエグゼクティブ向けのGUIコンピュータの開発に乗り出した。

Altoの描画処理は、高速な画面描画を実現するBitBlt(ビットブリット)技術など数々の汎用グラフィック処理手法を発明したダン・インガルスが手がけ、高速なウィンドウ処理が可能な一方で、描画は必ず長方形の領域に対して行われる仕組みだった。

そのため、部分的に隠れたウィンドウの描画の際には、手前のウィンドウもすべて再描画する必要がありチラツキを生じていた。しかし、ビル・アトキンソンは、長方形でない領域にも自由に描画できるものと勘違いをして、より優れたQuickDrawという描画システムを作り、チラツキのない画面表示を実現したのである。

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モノクロながら、当時としては画期的な表現力を誇った標準添付のグラフィックツール「MacPaint」。鉛筆や消しゴム、スプレーなどをメニューから選び、まるで実際にそれらの画材で画面に絵を描いているような使い心地に筆者も魅了された

ところが、その破天荒さゆえにジョブズはLisaプロジェクトから追放される。すると、社内でローコストなコンピュータの研究をしていたMacintoshグループを乗っ取り、部下たちと社屋の1つに海賊旗を掲げて立てこもりながら、一般向けのGUIコンピュータへと方向転換して開発を続けていった。

その際に、扱いが容易な3.5インチフロッピーディスクを記憶媒体に採用したのも、周辺機器として高品位なレーザープリンターの「LaserWriter」を用意させたのも、今では当たり前のマルチフォントによる文字表示を実現させたのも、すべてジョブズの貢献によるものだった。

そして、価格1万ドルを超えるLisaの失敗が明らかとなるにつれ、似た機能性とより洗練されたGUIを約1/4の価格で提供する初代MacこそがAppleの命運を握る存在となっていく。

そんな初代Macも、その革新性や価値を理解できた人たちの需要が落ち着くと販売が落ち込んだが、ジョブズ肝入りのLaserWriterとサードパーティのページアレイアウトソフトの組み合わせが、商業レベルの印刷を可能にするDTP(デスクトップ・パブリッシング)のトレンドを生み出し、クリエイティブ系ユーザーの圧倒的な支持を集めることに成功。さらに、当初はMac専用に開発された「Microsoft Excel」や「Adobe Photoshop」が、ソフトウェアの新たな流れを作り出していったのである。