飛行機移動にはワイロが必須

崩壊直前の1991年6月のソ連にて「ビッグマックに大行列、ワイロとチップがものをいう…これが社会主義というものだ」_3
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アエロフロートで国内を移動すると、各空港では大抵イヤな経験をする。機内への荷物持ち込みの重量制限が極端に厳しいため、僕らの場合大体が重量オーバーになる。そういう時、空港の職員は必ずと言っていいほど、「タバコ持ってるか?」とワイロ(=タバコ)を要求する。

「こういう不正を誰か咎めたりチェックしたりする奴はいないのか?」と言うと、「仕方のないことだ。彼の責任ではない。これは社会のシステムが悪いのだ。エータ・ソツィアリズム」と諦めたように言うわけです。

彼の説明はこうです。空港職員の給料だけでは家計が苦しい。もともと機内持ち込みが極端に厳しい法律自体が理不尽なのだ。あの場で職員とケンカをすると正規のバカ高い(といっても日本で考えると安い)超過料金を支払ったうえ、預けた荷物が届く保証はない。

「そうすると、あのようなことが変わるきっかけとして誰が一体最初に異議を申し立てるのか?」と興奮気味に尋ねると「さあね。知らない。これが社会主義だから。彼のようにワイロをとって生きようがクソ真面目に働こうが給料は同じだからね。家族のことを考えるとワイロを要求する彼の方がエライと思うよ」。


*        *        *
最後に最近経験した話を1つだけ報告しときます。こちらへ来てまもなくの頃、うちの大型冷凍庫が突然ぶっこわれてしまい、東京から持ってきた生鮮食料品がほとんどダメになってしまいました。

途方に暮れて新しいのを買おうと思ったんですが、モスクワで新品の冷凍庫を購入するのは至難のわざ。ところが、ある外貨ショップに1台だけ置いてあるのを見たという人がいて、すぐに車で駆けつけたところ何とちゃんとあるではありませんか。それで買ったのはいいんですが、こちらには品物を配達するシステムというのがないんです。だから、買ったものは全部自分で運ばなくちゃならない。大型冷凍庫なんて乗用車に入るはずもない。

困ったもんだと思案していると、そこの女店員が「隣の病院へ行け」と言う。「どうしてか?」と思ったら、病院の救急車にチップを渡せばいつでも運んでくれると言う。「みんなやっていることよ」と彼女はこともなげに言うわけです。どうも僕はそれ以来、街中で救急車と出会うたびに、あのサイレンを鳴らしながら猛スピードで走っている救急車の中身は冷蔵庫に違いないと思うようになりました。

では、お体に気をつけて。ロシアより愛をこめて。さようなら。


*1 ツィガンというのはヨーロッパ各国で通称「ジプシー」と呼称されている流浪の民と同じと考えてもいいかもしれません。彼らは寒い冬の間は南の地方に流れ、暖かくなるとモスクワなどの都市部に戻ると言われています。


写真/shutterstock

戦争が始まったウクライナにて
ウクライナの清志郎にインタビュー
2023年1月1日モスクワにて

ロシアより愛をこめて あれから30年の絶望と希望
金平 茂紀
崩壊直前の1991年6月のソ連にて「ビッグマックに大行列、ワイロとチップがものをいう…これが社会主義というものだ」_4
2023年9月20日発売
1,056円(税込)
文庫判/480ページ
ISBN:978-4-08-744567-1

1991年ソビエト連邦崩壊。2022年ロシアによるウクライナ侵攻――
30年前と現在、変わったもの、変わらないものとは。
記者・金平茂紀が見た「大国ロシア」のありのままの姿。

1991年から94年、ソ連崩壊前後の激動の時代をTBSモスクワ支局特派員として過ごした著者が見たロシアの実態、そこに生きる人々との交流を書簡と日記形式で綴る。そして時は流れ、2022年ロシアはウクライナに侵攻する。開戦直後にウクライナを訪れた際の日記、22年~23年の年末年始にモスクワを訪れた際の記録を追加収録。著者の体験を通し、「大国ロシア」とそこで暮らす人々の本質に迫る。
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