大西洋の沖合700キロ、近くには大陸はもちろん小島すらない状況で、夜中にヨットが大破して命からがら脱出する。残ったのはゴムボートに積まれていたわずかな量の水と、緊急バッグの中の太陽熱蒸留器やナイフ等の最低限の装備だけ。そんなん、もうどうにもならんやん、とピンチにはめっぽう強い、じゃりン子チエちゃんでもいいそうな絶望的な地点から、『大西洋漂流76日間』の漂流記録ははじまる。きわめて小説的なシチュエーションだが、実話である。
壊れてしまった銛にナイフを結びつけ、シイラやモンガラを突き刺し、血液や目玉から栄養をとり、ついでに干し肉までつくる。サバイバルマニュアルとしても圧倒的におもしろいが、本書の一番の魅力は、見たこともないような情景が描かれていることである。ボートの薄いゴムの層の下に深海が広がり、空には沈みゆく赤い太陽があって、そんな夕闇のなかをシイラが弧を描いて跳ねる。生のぎりぎりの地点からながめる世界には残酷なほど剥き出しの美しさがある。最終的に書き手のスティーヴン・キャラハンは、76日間の漂流の末、カリブ海の小島の沖で漁師に発見され、生還した。
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生きているとどうしても、もう祈るほかない! というくらい絶望的な状況にでくわすことがある。そんなとき、この本を鞄に忍ばせておくだけで、ずいぶん心持ちがちがう。実際、わたしは大学非正規雇用の下で雇用止めや研究の中断といった困難にぶつかるたびに何度もこの本に手を伸ばした。
祈るほかない状況、ということでは、『辺獄のシュヴェスタ』もすばらしい強度のある漫画作品だ。文字数の関係であまり書けないのが残念だが、中世の魔女裁判で育ての親を奪われた少女エラ・コルヴィッツが、修道院を舞台に繰り広げる復讐劇である。この修道院が規則違反の少女の手を切り落としたり、拷問して殺してしまったりともう信じられないくらい苛烈な環境なのだが、エラたちも負けてはいない。食事に幻覚作用のある薬が入っていると看破するやいなやトイレで吐き、夜な夜な寄宿舎を抜け出して森で食料を集める。壮絶なサバイバルという点ではキャラハンの本とも重なるところがあるが、この作品で輝くのはエラの強烈な個性と、なによりも少女たちのシスターフッドである。監視の目が届かない古井戸の底で、言葉を交わしながら希望をつないでいく少女たちの姿に心打たれる。絶望的な状況でも、いい仲間がいれば、なんとかなるかもしれない、と思わせてくれる作品だ。
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