イベントという名の受注会

さらには秋、時計の展示イベントにも招待された。都内の高級ホテルの会場をそのブランドの世界観で飾り、その中に数多くの時計がショーケースに展示してあった。

イベント時間は概ね2時間程度。その中で偉い人がスピーチしたり、時計をいろいろ見せてもらえたりした。グラスに注がれるシャンパン。僕は酒の味は全くわかりませんけど。でもとにかくラグジュアリーだ。周りのお客さんもお金持ち感がすごい。

店員さんはあれこれ勧めてくる。今日は特別ですから、今日注文したらすごく早く納品されますよ、とか。そこで気づく。

「あ、これ、時計を買わせるためのイベント……というか受注会か!」

よく考えてみれば営利企業が客をただでイベントに招待して何の利益も求めないわけあるか。イベント設営だって当然それなりにお金はかかるんだし。

でも僕は20年近く引きこもって漫画ばっか描いてた男。世の中のそういう当たり前が全くわからず、イベントに招待されたから興味本位で来てしまっていた。

5000万円のショッピングローン地獄に堕ちた人気漫画家…「ラグジュアリーブランドは客をのせるのがうまい」時計の世界最高峰ブランドとの蜜月関係が崩れたとき_3

店員さんはどんどん時計を持ってくる。僕が食いつかなければさらに別の時計を。

「で?どれを買うの?まさか買わないの?」と言わんばかり。

もちろんそう言われたわけではないし、こっちが勝手にそう感じているだけなのだけども!

こういう時にきっちり注文入れるのは、なんとなくお店への印象は良いはず。僕が狙っているモデルに近づく手としては極めて良い手に感じる……。

とはいえさすがにこの前3本も買ったばかり。ちょっとお財布事情はよくない。連載中の『カノジョも彼女』のコミックスの重版もかかるにはかかっていたが、そこまで大量ではない。実はその頃にはすでにテレビアニメ化も決まっていたが、アニメ化=売れる、というほど甘いものではないということは過去の経験から痛いほどわかっていた。

世間の皆さんにはわかりづらいかもしれないけど、アニメというのは毎年毎年それはもう大量に作られていて、世間に知られているようなタイトルはその中のほんの一粒。その一粒や、それに近い輝きを放てればそれはもう儲かるけども、僕はアニメ放送をしてもさほど世間には知られない側。もちろんそれでも普通に連載しているよりはかなり収入は増えるけども、高級時計を無尽蔵に買いまくれるほどの景気の良さはなかなかない。多少来年の収入が増えることを見込んで、すでに結構時計を買ってるけども!

しかし取らぬ狸の皮算用をし過ぎては危険だ。締めるところは締めないとえらいことになる。締切だけじゃ飽きたらず、クレカの支払いにまで追われる人生などまっぴらごめんだ。いやもちろん今日何か時計を注文したところでそんな事態にはならないのだけど。ただちょっと状況が違ったのは、この頃の僕は株の勉強をしていた。