ダブルピースはできなくなった

【“泥酔事件”を初めて語る】王者・寺地拳四朗から笑顔とダブルピースがなくなったあの日。「あの失敗は自分の人生経験として大きな出来事でした」_2

2020年11月、拳四朗は泥酔状態で他人の車を破損させたことが報じられた。示談が成立したものの、その後は世界戦が一旦中止となる騒動となった。

本記事は世界王者のサクセスストーリーだけをなぞるのが目的ではなく、かといって功徳や罪を細かく検証する評伝でもない。被害者がいる出来事なので、その後の試合の勝利と強引に結びつけて「苦難に打ち勝った」などといった、美談として雑に整理することもしない。

ただ、拳四朗は騒動についてきちんと反省を表したうえで、「あの失敗は自分の人生経験としては大きな出来事でした」と話したことを残しておきたい。

練習は20ラウンド以上、みっちりこなす
練習は20ラウンド以上、みっちりこなす

「勝ち続けて上手くいっているときは、(人生)経験が積み上がらないんですよ。でも、ああいう失敗や敗戦を経験して、改めて自分の未熟さとか、支えてくれる人のありがたみを感じました。

ボクシングだけ強くてもダメで、人間力って絶対に大事やと、気持ちを入れ替えて。でもそれって、若いうちはなかなか気づくことができへんかったことなんですけど」

拳四朗が不祥事を起こした際、周囲で応援してくれる人たちが離れていくことはなかった。そのうちの一人が、東京の練習拠点である三迫ジムで、世界王者になる前から指導してきた加藤健太トレーナーだ。

拳四朗の担当トレーナーである加藤健太トレーナー
拳四朗の担当トレーナーである加藤健太トレーナー

「オレに謝る必要はない、それよりこれからどうしていくか真摯に考えようと声をかけました。防衛を重ねているうちに、自分も含めて調子に乗ってしまっていたところがあったと思います。だからあれ以来今でも、『勝って兜の緒を締めるんだぞ』と、試合後に拳四朗には話すようにしています」(加藤トレーナー)

2021年9月、拳四朗は9度目の防衛戦で挑戦者の矢吹正道に敗北を喫する。試合後、病院に向かう車のなかで加藤トレーナーは「今日の敗戦はオレの責任だから、また一緒に頑張ろう」と声をかけた。この世界王者からの陥落後も、周囲の人たちは誰一人離れなかった。

そして約半年後、ダイレクトリマッチでKO勝利により雪辱を果たした。リングの上では、加藤トレーナーと抱き合って号泣する拳四朗の姿があった。そこにダブルピースはなかった。

23年4月、アンソニー・オラスクアガに勝利後、涙を流す拳四朗 写真/山口フィニート裕朗/アフロ
23年4月、アンソニー・オラスクアガに勝利後、涙を流す拳四朗 写真/山口フィニート裕朗/アフロ

「不祥事以降は、支えてくれる人たちへの感謝が大きくて、試合後は涙もろくなりましたね。ダブルピースはしなかったというより、する余裕がなくて。

こないだの試合(2023年4月のアンソニー・オラスクアガ戦)でも、普段めったに怒ったりしない横井(龍一)トレーナーがインターバル中に『バカヤロー!』って活を入れてくださったんですよ。その次のラウンドでKO勝ちできたんですけど、コーナーに戻って横井さんの顔を見た瞬間、ほっとして泣いちゃいました」

オラスクアガ戦でKO勝ちする拳四朗 写真/山口フィニート裕朗/アフロ
オラスクアガ戦でKO勝ちする拳四朗 写真/山口フィニート裕朗/アフロ