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「行ける高校がない」と面談で言われてボクシングを始める

作家・稲垣足穂に「花を愛するのに植物学は不要である」という言葉がある。

では逆に、「植物学を追究するために花への愛は不要」は成立するのか。追求の対象が肉体を酷使するボクシングなら、やっぱり競技愛がなければ無理じゃないか。

寺地拳四朗(以降拳四朗)の話を聞いていてそんな疑問が浮かんだ。

「いや、ボクシングは別に好きではなかったっすよ。世界チャンピオンになったときも。仕事やしと思ってました」

拳四朗がボクシングを始めたきっかけは中学3年の夏、三者面談のあとだった。

「僕、勉強が全然でけへんかったんで、進路面談のときに一般入試ではどこも無理やと言われたんですよ。で、お父さんのツテで奈良朱雀高校の高見(公明。1984年ロサンゼルス五輪バンタム級日本代表)先生に話を通して、ボクシング推薦で奈良朱雀高校に入学できることになったんすよ」

「スポーツ推薦枠」と聞くと、全国や地域大会での入賞経験者などが対象となるイメージがある。しかし拳四朗の場合は、この面談のあとで、高校に入学するために初めてボクシングを始めた。しかも元日本と東洋太平洋王者でボクシングジムの代表を務める父を持ちながら、「ボクシングには一切興味がなかった」とあっけらかんと話す。

練習中以外は終始リラックスした表情を見せる拳四朗
練習中以外は終始リラックスした表情を見せる拳四朗
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「それまではソフトテニス部でしたし、自信もモチベーションもクソもない(笑)。高校入学せえへんかったら、アメリカにいるお父さんの知り合いの飲食店で働け言われてたんですけど、そんなん一人で行くの怖いじゃないですか。だから『高校行けるし、ボクシングやってもええか』くらいの気持ちで、お父さんのジムで練習を始めました」