スヌープにとって料理は愛情そのもの

目を覚ませ、料理初心者たち! さぁ、とっとと起きてクッキング始めるぜ……。

――この本は、作ったり食べたりする想像をするだけでも気分を上げてくれるレシピ本ですが、単に料理本として楽しめるだけではなくて、すごくいろいろなことを伝えていますね。


私は、スヌープは今まで音楽を通じてそれをやってきたと思ってるんです。自分と家族の命を守るためにギャングに入って、自分なりの人生と音楽を確立してきた中で、過去の自分のように苦しい状況にいる子たちに、世界の前向きな側面を伝えている。彼の表現に通じるそういう姿勢は、この本でも、翻訳で曲げたくなかったんですよね。彼は茶化すような言葉も使っていますけど、そういう伝え方で受け入れてもらおうという気持ちを原書から理解したので、そこは日本語でも同じように読者に伝えようと思いました。

ジャガイモの皮もむけなかったスヌープは“愛情”で料理に目覚めた――異色のレシピ本『スヌープ・ドッグのお料理教室』(後編)_a
「ダ・ドッグファーザーな俺様はハード(タフ)なタイプで、誰も俺をソフト(柔い)だとは呼べないってことはわかってるよな。だが、ソフトタコス? それはまた別の話だ」<本文引用>

――KANAさんは、スヌープにとって料理ってどういうものだと思いますか?

愛情だと思いますね。自分のお腹を満たすという意味で自分への愛でもあるし、仲間や家族に対する愛情でもあると思います。アメリカ人にとって家族で食事をすることは最大の喜びですけど、黒人は特に、家庭に恵まれない子どもも多くて。だからこそ美味しいものを食べる間だけでも愛情を感じられる、それがアメリカ人やスヌープにとっての料理だと思うんです。マーサ(・スチュワート)との出会いも大きかったと思います。

中流家庭以上の人をターゲットにしたビジネスや番組をやっている白人女性とスヌープが出会い、お互いの文化を理解していくと同時に、スヌープ自身、周りへの愛情と料理がつながったんだと思います。

――スヌープは、マーサに出会ってから料理を始めたんですか?

マーサの番組に初めて出たのが2008年ですから、その頃からだと思います。そのときはマッシュポテトを作ったんですけど、スヌープは茹でたジャガイモの皮をむくように言われてナイフで削り始めたんですね(笑)。当時、料理の腕はそのレベルでした。

ふたりの料理番組では同じものをそれぞれ作るんですけど、スヌープは自分のマッシュポテトには高級コニャックを入れたりして(笑)。この本の原書が出たのが2018年ですから、10年ぐらいで料理の楽しさを覚えていったようです。