面白さ、それこそがエンタメの正義
――一方で、初の田園ミステリーに対する小説の読者の方からの反響は?
池井戸 池井戸にしては銀行や企業が登場しない珍しい作品だという声も聞きましたが、実は小説の作り自体は、いつもとそう違うわけではないんですよね。舞台は確かにちょっと異色ですが、サスペンスやミステリーの手法を使っているという面では同じですし。ただ、こうした設定の違いや、先ほど述べた、ゆったりとしたテンポ感の新しさが、この作品の副反応といえば副反応になっているのかもしれません。
――細かくご覧になっているんですね。
池井戸 エンターテインメント作品の感想としてもっともよくないのは、「よくわからなかった」。これは「面白くない」より悪いです。エンタメは、絶対的にわかりやすくなければならないというのが、僕の持論です。もちろん、よくわからないけど面白いと感じるような作品もあるとは思いますが、ただ、それが狙って書けるかというと、ちょっと難しい。『ハヤブサ消防団』は、あえて生のままで出してみましたが、それも、何か心に引っかかるようなものを書いてやろうと思っていたわけではなく、どう書いていいかわからないものを書き進めていった結果そうなった、という部分があります。
実際、次に出す予定の小説は、連載が終わった後にきちんと刈り込んで、構成的にも展開の濃淡を消して仕上げてありますし。本来は、それが正しいやり方でしょうね。いろんな意味で、ハヤブサ消防団』は特殊な作品だと思います。
――ドラマを見て再読すると、また感じるものが変わりそうな気もします。
池井戸 そうですね。小説の読者自体も、以前とは少しずつ変化してきている感じがあります。もっとも感じる傾向は、小説を、どこか教科書か参考書を読むような感覚で読んでいるのではないかということ。何か知識を得たり、学んだりするために読むものだと思っている方が増えているような気がするんです。
先ほども言ったように、エンタメは絶対的にわかりやすく、かつ面白くあるべきで、とくに何の役に立たなくてもいいし、もっと言えば存在しなくてもいいようなものではあります。が、 読んで面白がったり、夢中になれたりする時間自体は、すごく贅沢なんですよね。そういうことに気づかないで、どこそこに書かれた何が勉強になった、というような感想を持つ方が増えているんじゃないかと。
――つい「勉強」してしまうと。
池井戸 あと、感想として「池井戸作品といえば勧善懲悪」というのも多いんですが、それも何かの刷り込みだと思います。僕の小説は「勧善懲悪」ではないですよ。まあ、何を感じるかは読者の自由なので、作者としてはそれに対していちいち反論はしませんが……って、今、思い切りしてますよね(笑)。とにかく、うれしいのは、やはり読んで面白かった、いい時間を過ごしたと思っていただけることに尽きます。
「人でなし」だからAIに勝てる?
――作家の本音、いただきました。『ハヤブサ消防団』の中でも、三馬が《小説は「人」を書くものであり、故に人を書く作家は、人と会ったとき相手の心の在りようを読もうとする習性がある》《作家にとって一番の仕事は、人の本質を見極めることなのだ》など、作家としての視点の置きどころ、物語を書くことについての姿勢などについて語る場面があり、つい池井戸さんご自身の作家観、小説観と重ねて読んでいました。
池井戸 まあ、これらは一般論ですよね。珍しいことでも何でもなく、作家であれば普通に考えることで。そもそも、作家って、 人でなしが多いじゃないですか。
――立場上、とても頷(うなず)くことができませんが(笑)。
池井戸 今も現役で書き続けている人は、皆そうですよ(笑)。やっぱり、善人ではうまくいかないのか、ひと癖、ふた癖あるような人ばかりです。こう、何となく目つきが悪くて……。
――それが、人の本質を見極めようとする視線なのでは。 「ChatGPT」 などの生成AIが興隆し創作物が生み出されつつある時代ですが、そうした視線で小説を書くことは、AIにはまだまだ難しいのではないでしょうか。
池井戸 いや、きっとすぐに学習すると思いますよ。これからは、新人賞の応募規定に、「人間に限る」と入れるべきです(笑)。
作家のように、毒を吐いたり棘(とげ)のある発言をしたりするようないやらしさをAIが身につけたら、よりリアルに人間らしい小説が書けるんじゃないでしょうか。
そうしたら僕も、いずれはAIに小説を書いてもらって……いや、自分で書いておいて、何か言われたら「これはAIが書いたものだから、僕は悪くない」と言い訳するつもりです(笑)。
「小説すばる」2023年8月号転載
木曜ドラマ「ハヤブサ消防団」
【毎週木曜】よる9:00放送
出演 中村倫也 川口春奈
満島真之介 古川雄大 岡部たかし 麿赤兒
梶原善 橋本じゅん 山本耕史 生瀬勝久
脚本 香坂隆史 演出 常廣丈太/山本大輔 音楽 桶狭間ありさ
主題歌 ちゃんみな『命日』(NO LABEL MUSIC / WARNER MUSIC JAPAN)
制作協力 MMJ 制作 テレビ朝日