巨匠が描かない
同時代のアメリカの物語

2017年から2021年にかけてのドナルド・トランプ政権を生むことにもなった反エリート主義は、政治の世界だけでなく、アートやカルチャーやエンターテインメントの世界においても、社会のいたるところに蔓延している。

20世紀に栄華を謳歌してきた映画というアートフォームもまた一つの権威であり、安くないチケットを購入して座席に数時間座ってスクリーンで映画を観ることに特権性を見出すような態度も、ストリーミングサービスとショート動画の時代においてはこれからさらに増えていくだろう。

フィールドは『TAR/ター』北米公開時のインタビューで映画の上映環境そのものが損なわれている現状への諦念を表明した上で、「自分はもう二度と映画を作ることはないだろう」とまで語っている。

かねてから「次の作品が自分にとって最後の映画になる」と公言してきたクエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』以来の新作『The Movie Critic』(原題)は、タイトル通り1970年代の映画批評家を描いた作品になるという。

左からブラッド・ピット クエンティン・タランティーノ レオナルド・ディカプリオ
左からブラッド・ピット クエンティン・タランティーノ レオナルド・ディカプリオ

監督としてデビューする前、一時期は映画批評家になろうとしていたタランティーノが、映画批評家という職業に対してどのようなアプローチで迫るのかは定かではないが(おそらく愛憎入り混じったものとなるだろう)、結局『デス・プルーフinグラインドハウス』(2007年)を最後に、監督としてのキャリア後半にはアメリカを舞台にした現代劇(『デス・プルーフinグラインドハウス』も現代劇とするのを躊躇われるような作品だが)を一本も撮らなかったことになる。

スティーヴン・スピルバーグが自伝映画『フェイブルマンズ』の次作として製作中の新作は、『ブリット』でスティーヴ・マックイーンが演じた主人公のブリットに焦点を当てた作品。ポール・トーマス・アンダーソンの地元映画『リコリス・ピザ』の次作は、1940年代のロサンゼルスのリトルハーレムを舞台にした作品。グレタ・ガーウィグは新作『バービー』(2023年)で、1959年に生まれたバービー人形のキャラクターとその世界を実写で再現した。

映画史に新しいページを書き加えてきたアメリカの映画作家たちにとって、もはや「同時代のアメリカ」の現実世界は、メタファーを通しての批評対象となることはあったとしても、安心して物語を発生させることができる場所ではなくなってしまったのかもしれない。