「君がハリウッドを救ってくれた」

我々が生きている時代。それは、クルーズのような「映画スター」が出演する、『トップガン マーヴェリック』のような「スター映画」が世界中の映画館のスクリーンを席巻するのが、いつ最後になってもおかしくない時代だ。

興行として『トップガン マーヴェリック』に比肩し得る作品といえば、現状ではMCU作品くらいしかないが、果たしてトム・ホランドあたりのMCU作品の主演俳優が36年後に再び同じ役を演じて、それを世界中が熱狂で迎えることを想像できるだろうか?

あるいは、現在のハリウッドで36年前のクルーズに最も近い存在と言えるのはティモシー・シャラメあたりになるのだろうが、主に作家性の強い監督のアート系作品に出演することで自らのブランド価値をキープし、モードの世界でファッションアイコンとして君臨し、アップルTVプラスのCMで「ねえアップル、僕に電話して」とカメラに向かって語りかけているシャラメが、36年後どころか、10年後に映画界の顔であり続けているかどうかも怪しい。

少なくとも、ハリウッドのメジャースタジオ作品はシャラメのような突出したスターを引き止めるだけの求心力をもはや持っていない。

クルーズ以降の「アクター兼プロデューサー」としては、2001年にプランBエンターテインメントを設立して以降、プロデューサーとしてアクター以上の才覚を発揮したブラッド・ピットのような存在もいる。

あるいは、「ワイルド・スピード」シリーズ経由でハリウッドのトップスターへと上り詰めて、やがて袂を分かつこととなったヴィン・ディーゼルやドウェイン・ジョンソンのような存在もいる。しかし、いずれももう50代のハリウッド・スターたちであり、彼らの後を引き継げるほどの人材も現在は見当たらない。

『トップガン マーヴェリック』の撮影現場には、監督のコシンスキーだけでなく、製作と脚本に名を連ねているクリストファー・マッカリー、そしてクルーズと数々の作品をともに作り上げてきたブラッド・バードやダグ・ライマンといった、かつての戦友とも言える監督たちがこぞって訪れたという。

それはクルーズがこれまで「アクター兼プロデューサー」として培ってきた人望の賜物だが、きっとそれだけではない。現役で仕事をしているハリウッドの監督たちの間にも、クルーズこそがハリウッド映画にとって「最後の希望」だという共通認識があるのだろう。

スピルバーグとトム・クルーズ(2023年 オスカー・ノミニーズ・ランチョンにて) 写真/アフロ
スピルバーグとトム・クルーズ(2023年 オスカー・ノミニーズ・ランチョンにて) 写真/アフロ

2023年2月、『フェイブルマンズ』の監督と『トップガン マーヴェリック』の主演俳優というだけでなく、それぞれの作品でプロデューサーも務めているスピルバーグとクルーズは、アカデミー賞の候補者たちが招かれる昼食会で久々に顔を合わせた。その席でスピルバーグがクルーズに「君がハリウッドを救ってくれた。劇場への配給システムも救ってくれた。これは本当のことだ」と熱く語りかけている様子を収めたショート動画は、瞬く間に世界中に拡散された。

『トップガン マーヴェリック』でエド・ハリス演じる海軍少将は言う。「終わりが来るのは必然なのだ、マーヴェリック。お前のような存在は絶滅に瀕している」。

マーヴェリックは答える。「そうかもしれません。でも、それは今日じゃない」。

そして、観客の気持ちを代弁してくれたのは、クルーズが続編を製作する上でその出演を絶対条件として譲らなかった、喉頭癌を患って撮影当時は半引退状態にあったヴァル・キルマー演じる海軍大将、マーヴェリックのかつてライバルだったアイスマンだ。

「海軍はマーヴェリックを必要としている。子供たちにもマーヴェリックが必要だ。だから、お前はまだここにいる」。


文/宇野維正 写真/松木宏祐

6月16日
1,056円(税込)
新書判/240ページ
ISBN:978-4-08-721267-9
ハリウッド映画が危機に瀕している。

配信プラットフォームの普及、新型コロナウイルスの余波、北米文化の世界的な影響力の低下などが重なって、製作本数も観客動員数も減少が止まらない。

メジャースタジオは、人気シリーズ作品への依存度をますます高めていて、オリジナル脚本や監督主導の作品は足場を失いつつある。

ハリウッド映画は、このまま歴史的役割を終えることになるのか?

ポップカルチャーの最前線を追い続けている著者が、2020年代に入ってから公開された16本の作品を通して、今、映画界で何が起こっているかを詳らかにしていく。
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