「俺とよく似た顔をしているな」
総選挙から7カ月後の9月14日、晋太郎は再び順天堂医院に入院。ウシオ電機会長の牛尾治朗は、晋太郎の異父弟で日本興業銀行常務の西村正雄(のちに頭取)を通じて、晋太郎の本当の病状を聞かされていた。
晋太郎は、西村の写真を見るたびに、「俺とよく似た顔をしているな」と気になっていたというが、なんと西村が子供のころ父・寛と離婚して出て行った母・静子の稼ぎ先で生まれた義理の弟であることがわかった。それからというもの、二人は兄弟づき合いをしていた。
牛尾は、西村に勧めた。 「がんセンターに移したほうが、いいんじゃないか。臨床例からいっても、がんセンターのほうが多いし」
しかし、政治家にとって病気を明かすのは致命的となる。ましてや、癌ならなおさらだ。癌であることは、すでに周辺に知られているが、それでもなお躊躇いがあった。
モスクワ「赤の広場」で平家踊り
9月22日から、モスクワで、日本の文化芸能をソ連の一般市民に紹介する「日本文化週間」が開かれることになった。この年の一月、晋太郎がゴルバチョフと会談した際、開催を提案したのだ。
晋太郎は、日本文化週間に自民党代表団の団長として訪ソする予定だったが、体調が思わしくない。療養に専念することになった。代わりに、小渕恵三元官房長官が団長を務めることになり、晋三は父親の名代として訪ソ団に加わった。
昭恵も、下関の「平家踊り」を披露するグループに参加し、一緒に訪ソすることになった。 平家踊りは、源氏に追われて下関の壇ノ浦に散った平家一門への供養の踊りが源といわれている。三味線、勇壮な和太鼓、空樽が軽快なリズムを刻み、踊り手は「糸繰り式」といわれる、手を上に伸ばして交互に繰るような動きを基本としている。