2018年に生じた「脱プラスチック」への流れ
べつに私は、環境問題に取り組むのが悪いと言いたいのではありません。それ自体は大切なことです。しかし、日本では多くの人々が環境問題に深い関心を寄せている反面、それに対する理解が深いとは言えません。たとえば脱プラスチックやプラゴミ処理の問題にしても、それが地球環境の持続可能性を高めるのにどう役立つのかを深く考えず、行動だけが先走っているように見えます。
そこで、まずは誰にとっても身近なプラスチックの問題を通じて、サステナブルな環境とは何なのかを考えてみましょう。SDGsが追い求める「持続可能性」という大きな概念は、経済や社会の問題よりも、まずは環境問題について考えるほうが、理解が進むようにも思います。
プラスチックゴミへの関心を一気に高めたのは、やはり何といっても、鼻にストローが刺さったウミガメの動画。誰が見ても痛々しくて可哀想な状態でしたから、多くの人々が海洋プラスチックの問題に強い問題意識を抱きました。
あのウミガメがコスタリカ沖で発見されたのは、2015年のことです。それから3年後の2018年には、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が「プラスチックゴミで地球を汚すのをやめよう」と呼びかけ、ペットボトルをやめて水筒を持ち歩くことや、レジ袋をやめてマイバッグを使うことなどを提案しました。同じ年には、欧州議会が使い捨てプラスチック製品の流通を2021年から禁止する規制案を可決しています。
ウミガメの動画にショックを受けたところに、そんなふうに国連やヨーロッパが「脱プラスチック」の方向性を打ち出してきたら、それを素直に受け入れてしまう人が多いのも無理はないかもしれません。日本国内でも、2020年にプラスチック製のレジ袋の有料化が始まったほか、飲食チェーン店が紙ストローを導入したり、水筒を使う人が増えるなど、その動きに追随する流れが出てきました。
しかしその一方で、「どうしてプラゴミがあんなにたくさん海に流出するんだ?」と素朴な疑問を持った人も少なくないはず。たしかに、海や川でゴミをポイ捨てする不届きな人はいます。でも、それがそんなに大量だとは思えない。少なくとも日本の場合、大半のプラスチックゴミは、自治体によってきちんと収集されて、焼却やリサイクルといったしかるべき形で処理されているはずです。
ところが、多くの人が内心では疑問を感じているにもかかわらず、それはあまり表立って議論されません。いったん世間で「これが正しい」という大きな流れができると、それに待ったをかけるような疑問を口に出すことが憚られてしまい、その流れに身を任せてしまう。この話にかぎらず、よくあることです。プラゴミ問題も、実態をきちんと把握しないまま、世間的な「正しさ」がひとり歩きしているように思えてなりません。