ネットが”不便”だった時代を知らない若者と右翼思想

だが重要な問題点がある。ブロードバンド技術を自明のごとく受け入れネットを利用する「後発」のユーザーたちは、シニアだけにとどまらないということだ。なぜならブロードバンド技術が当たり前のように普及し、そこから初めてネット利用を始める人々は、ネットの歴史を知らないという意味では若年層も同様だと言えるからである。

現在25歳の若年は、10歳で本格的なネット利用を始めたとしたら2007年以降のネット空間しか知らない。20歳で同等の過程をたどると2012年以降のネット空間しか知らない。すでに述べた通り例えば2007年は高速インターネットが廉価にかつ簡便に、日本中に網の目のように張り巡らされている時代である。ネットがいかに不便で信用に足らないものだったのかという時代を経験していない若年層にも、シニア右翼と同様に「ネット万能論・無謬論」にひた走る素地が十分にあるといえる。

2021年8月30日、京都府宇治市のウトロ地区に放火し7棟を焼いて逮捕・起訴された男の年齢は22歳(当時)だった。男は京都府警や弁護士に対し犯行動機として「韓国が嫌いだった。日本人に注目してほしかった」と述べた。ウトロには在日コリアンが多く居住しており、その源流は戦前この地区にあった軍需工場の跡地に敗戦直後の混乱と朝鮮戦争勃発により祖国に帰ることができなかった人々が、やむを得ず定住を開始したことに始まる。

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「ネットに書かれていること正しい」低劣なネットリテラシー

しかしその土地利用にあっては戦後の訴訟を経て権利関係が確定しており、不法に居住しているわけではまったくなく、そもそも彼らは在日コリアンばかりでなく帰化して日本人になった人々も含まれている。「韓国人」という男の主張自体がまるで正確ではない。にもかかわらずウトロを巡るネット言説を見ると、「朝鮮人が不法に土地を占拠してウトロに居座っている」とか「韓国人が戦後のどさくさに紛れて土地を収奪して占領した結果がウトロなのだ」などが乱舞する。男は事実ですらないネット言説をそのまま鵜呑みにすることで勝手な憎悪をつのらせ、犯罪史上まれにみるヘイトクライムに及んだのだ。

このような無思慮で垂直的なネット言説の信仰は「ネットに書かれていることがすべて正しい」という簡単に言えば低劣なネットリテラシーから生まれている。とりもなおさずそれはネットの書き込みは信用できない、というブロードバンド時代の前に広く存在したネット空間への批判・懐疑の精神が無かったからである。生まれながらにして快適なインターネットインフラを当たり前として受容する若年層にも、シニアがシニア右翼となるのにまったく類似する「ネット利用の後発性」が見られる。