今年のアカデミー賞の「アジア尽くし」が意味するもの
2023年3月12日、アメリカの第95回アカデミー賞で『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称『エブエブ』、2022年製作)が、七部門を制する圧倒的な偉業を成し遂げた。
監督賞は二人組のダニエルズで、ひとりは中国系の監督ダニエル・クワンである。また脚本賞もダニエルズに与えられた。さらに主演女優賞に輝いたのは、マレーシア出身で香港のカンフー界の女王とも呼ばれ、『007』シリーズの「ボンドガール」役を務めたことのあるミシェル・ヨーである。
これだけでも、「アジア尽くし」といった印象を受けるが、加えて助演男優賞も、映画『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984年製作)に出演したこともある中国系のベトナム移民キー・ホイ・クァンであった。
作品のシナリオから製作、俳優陣、さらにストーリーに至るまで「アジア」で塗り尽くされたような映画が、ハリウッド映画の頂点を極めることになるとは、受賞者自身も驚くほどの「事件」なのかもしれない。
映画は、アメリカ社会の底辺に滞留するアジア系移民家族の物語を、輪廻転生、仏教的な世界観を彷彿とさせるマルチバースの宇宙的なドラマに置き換え、喜劇とアクション、そして深遠な「アジア的宇宙」のドラマを盛り込んだストーリーになっている。
ここではハリウッド映画に典型的な「オリエンタリズム」のステレオタイプは明らかに消え失せ、「アジア的なるもの」がハリウッド的なエンターテインメントの中に溶け合い、「アジア」を感じさせながらも、「ウエスト」と「イースト」の「認識論的・存在論的な」分断が、少なくとも映画の中ではほとんど遠景に霞んでいるのである。
もちろん、穿って見れば、「アジア的なるもの」を消費する、新手の、手の込んだ表象の創造という見方もできないわけではない。
また、いかにもアメリカ的な大衆文化の代表であるハリウッド映画の中で「アジア的なるもの」がこれまでのステレオタイプから脱却しているとしても、現実の「アメリカの中のアジア」が変わるわけではない、という冷めた見方もあるかもしれない。
しかしそれでも、第一次世界大戦以後、「アメリカニズム」の世界的な普及の重要な梃子であった映画産業に、こうした変化が起き、逆に「アジア的なるもの」を積極的に取り込まなければ、ハリウッド的な映画産業すら成り立たなくなっているところに、オリエンタリズムの圧倒的な継承者であるアメリカ内部の変化が反映されていると言える。