俺何してんのやろ
ある日、いつものように深夜の三時ごろお姉さんが現れました。いつものようにハイライト差し出すと、お姉さんがこう言うのです。
「私、今日の朝四時半に、初めてテレビで歌うんです」
「ああ、ミュージシャンの方だったんですか。僕ら朝の五時まで勤務なんで、防犯モニターしか見られないんです」
「そうなんですか。じゃあまた出演する時言いますね」
「ありがとうございます。あのー、お名前うかがってもよろしいですか」
「椎名林檎と申します」
その後、僕はある事務所に入れてもらうことができました。でも、事務所の都合でシフトを変えまくった結果、東中野のセブン・イレブンはクビになってしまいました。
当然、あの派手なお姉さんにハイライトを渡すこともできなくってしまったわけですが、歌手の椎名林檎さんは、あれよあれよという間に超売れっ子になってしまったのでした。
僕が最初に入った事務所に、後に僕の毛布にくるまってアナフィラキシーショックを起こすことになる玉置ピンチ!さんという、先輩芸人がいました。
玉置さんは当時、ヒモみたいな生活をしていたのですが、女性が貢いでくれた小遣いを風俗で使い果たしてしまうという、強烈な風俗マニアでした。
ある日、玉置さんがこう言うのです。
「オオシロー、今日はおまえと歌舞伎町の風俗行くぞー」玉置さんが連れていってくれたのは、「椎名淫語」という名前のファッション・ヘルスでした。
お店の中に入ると、椎名林檎さんの曲ががんがんかかっています。待合室で順番を待ちながら、僕は急にやるせない気持ちになってしまいました。
僕、あのお姉さん、本当に好きやったな。夜も眠れないぐらい、真剣に好きやった。
お姉さんはスターの階段をどんどん駆け上がってしまったのに、僕、ネタもよう作らんと、酒ばっかり飲んでる。僕、いったい何やってるんやろ……。
やがて、指名した女の子が待合室に迎えにきてくれました。
「椎名みかんでーす!」みかんちゃんはむちゃくちゃテンションの高い子でした。
相変わらず、店の中には椎名林檎さんのヒット曲が大音量で流れています。みかんちゃんと絡んでいる間も、僕の脳みその中では林檎さんのセクシーな歌声がビンビン鳴り響いています。
だけど椎名林檎さんはもう、僕の手の届かない、遥か遠い世界に羽ばたいて行ってしまったのです。
(ああ、俺、こんなところでいったい何してんのやろ)
「何してんのやろーーーーーっ!」
イラスト・文/チャンス大城
チャンス大城写真/朝日新聞出版
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