井上尚弥とのスパーリング

王座から陥落した中嶋はその後、復帰を決意して3戦連続勝利し、2023年2月に見事な試合内容で別の地域タイトルの王者となった。

復帰後はSバンタム級にひとつ階級を上げた。この階級には背中を追い続ける井上尚弥、また同じジムには次世代のスター候補・武居由樹もいる。

「尚弥とのスパーリングは1〜2回だけですね。ええ、やっぱり最強やなと思います。(武居)由樹とはまだ一度もやったことありませんね。でもまあ、他の人と比べてどうとかはどうでもいいです。自分は自分のことを頑張るだけなんで」

「奈良判定」で後ろ指をさされた悪童ボクサー・中嶋一輝はその後どう生きているのか。山根騒動で日本中から「悪者」として注目を浴びても、気にしない鋼のメンタルを支える2つの存在_4
キッズたちとの練習。腕立て伏せは自分も混ざって一緒にトレーニング。「指導というか、俺もみんなと一緒に頑張ってるぞという感じです」

朝はロードワーク、昼はジム内でキッズトレーナーとして務め、夜は自分の練習だ。ボクシング一本で暮らすこの生活は移住してからもずっと変わってない。

プロ入り後、まるで別人のように真面目に練習するようになった中嶋。

彼の担当トレーナーである松本好二さんに練習態度を尋ねると、「一本気でちょっと真面目すぎるくらい。時には緊張だけでなく、遊びを入れてもいいよと話してます」とのことだった。

中嶋はそれについて、「ジムでは猫かぶってますから」と冗談を言ったあと、「でもほんまに心を入れ替えたんで」と澄んだ表情をみせる。

「大橋会長だけでなく松本トレーナー、佐々木(史朗)トレーナー、支えてくださっている方々皆さんに感謝しています。ジムの関係の方を通じて応援してくれる人も増えましたし、もう今は一人ではないです。試合のときもたくさんの方々が応援してくださってます。あ、でも彼女は絶対に作りません。自分は仕事として横浜に来てるんで」

目標は当然、世界王者だ。あえて「引退後は?」と尋ねると、「おかんが居酒屋をやりたいと言ってるので開業のサポートをしてあげたい」と話す。今でも母親とは、暇があればビデオ通話で近況を報告するという。帰省するのは試合後の10日間だけと決めている。必ず祖母にも顔をみせ、介護のサポートを行いながら家族との時間を過ごす。

そして母親には、横浜に移住してからずっと、毎月給料の一部を仕送りしている。ファイトマネーとは別に大会賞金100万円を受け取ったときは、そのまま母親に渡した。

「おかんのことやから、一銭も手をつけてない気がするんですけどね……。デビューしてから全試合、奈良から自分と弟の試合を見に来てくれてます」

「奈良判定」で後ろ指をさされた悪童ボクサー・中嶋一輝はその後どう生きているのか。山根騒動で日本中から「悪者」として注目を浴びても、気にしない鋼のメンタルを支える2つの存在_5
故郷で暮らす母親とのビデオ通話では表情が和む(写真は本人提供)

気づけばデビュー戦で井上尚弥に負けてから17年。もうすぐ30歳になる。

最後に、横浜に来て、少しはボクシングが好きになったのか尋ねた。

「いや、今でもボクシングは大ッ嫌いですよ。めちゃくちゃ嫌い! しんどい!」

即答して少年のように笑った。

「ぱっと世界王者になって金稼いで帰ってくるわ」。ボクシング界のスター・井上尚弥の影に隠れたもう一人の天才。練習は月3回、投げ飛ばし、2日酔いで計量失格…それでも国体王者になった中嶋一輝の現在_4
尊敬し、憧れだという松本好二トレーナーと練習後に談笑。「横浜にいる家族のような存在の一人だと自分は勝手に思っています」
すべての画像を見る

取材・文/田中雅大 撮影/青木章(fort)

#1 「ぱっと世界王者になって金稼いで帰ってくるわ」。ボクシング界のスター・井上尚弥の影に隠れたもう一人の天才。練習は月3回、投げ飛ばし、2日酔いで計量失格…それでも国体王者になった中嶋一輝の現在