「どんなにTJARを目指したことがよかったか、伝えたい」
ベッド上に置かれていたヘルメットは、頭頂部に15センチ四方の穴が空いていた。衝撃の大きさを物語る。坪井の沈黙に、杉目はいたたまれない。やがて坪井が、ヘルメットを片手に話し出す。
「すみません、不甲斐ないことになって。昨日も中央を上がる時には気分が乗って、今日は頑張ろうと思いました。でも上にあがると、ものすごい霧でキツさとの戦いでした。その最後の最後で肩を……ヘルメットをやって、打つ手なしです。
関門にギリギリ間に合わなかったとか、本当に最後の最後まで戦い抜いたならともかく、一人でこけて、ぶっ壊して、いかんともしがたいというのは……。10年間をかけて、『今度こそ』っていう思いでやってきたので残念ではあるけど、自分で消化します」
坪井はしばし沈黙すると、目を固くつむる。さらにカメラから目を逸らし天井を見上げ、また訥々と語り出す。
「このレースで事故を起こすのは、絶対やっちゃダメ……やっちゃダメ……やっちゃダメ。……そこはぶれなかった。……それはわかってるんだけど……悔しいな、やっぱり。結果は残せなかったし、妻には『ゴール見せるよ』って約束しただけに残念です。
でも、レースをずっと目指して得た経験や、人との縁、学ぶことは多かった。宝物がうんといっぱいあるし、ここまでで終わったけど、誇りを持っていいのかなと。……特に妻に、『こんなによかったんだ』と自分の言葉で伝えられたら。……どんなにTJARを目指したことがよかったか、伝えたい」
坪井の目から涙があふれる。杉目はもらい泣きした。インタビュー終了後、坪井に声をかけた。
「励まされた人も大勢いましたよ」
坪井は黙って、じっと耳を傾けていた。取材を終えての帰り道、杉目は軽々しいことを言ってしまったのではないかと頭の中で考え続けた。坪井の話がしっかり撮れたことが救いだった。
取材・文/齊藤 倫雄 写真提供/TJAR実行委員会