チェルノブイリの経験に学び、にんじんに賭けた
大内さんら「二本松有機農業研究会」のメンバーは震災の2年前から、余ったにんじんを少しずつジュースに加工していた。
原発事故で米や野菜が売れなくなったとき、信一さんはにんじんに着目した。
チェルノブイリの経験で、にんじんやきゅうり、トマトは土壌のセシウムを吸収しにくいことがわかっていたからだ。信一さんは研究会で提案した。
「にんじんで勝負しよう」
「会長(当時)がそう言うなら」
震災4カ月後の2011年夏にいっせいににんじんの種をまいた。
督さんはその方針に反対だった。それでなくても福島の米や野菜は風評被害で売れない。
ジュースが売れ残って在庫が積み上がったら大変なことになる。そう心配したが、信一さんはためらうことなくにんじん畑を広げた。
いまや、研究会のメンバーのうち、7軒が1町(1ヘクタール)の畑でにんじんをつくっている。
ジュースは、すりおろした実を細かいメッシュフィルターでうらごしして果肉もまるごと瓶詰めする。
酸化防止剤がわりのレモン果汁と梅エキスを加えるだけ。砂糖を加えていないのに果物のように甘い。督さんは振り返る。
「おやじは勝負師ですね。俺だったら怖くてあの判断はできなかった。自分で育てたにんじんの味に絶対の自信があったんでしょうね」
後編につづく
後編<【震災12年】「若い家族は戻ってこない。そんな村に未来があると思いますか?」いまも山菜は高濃度…放射能汚染と闘う農家が起こした「奇跡」と取り戻せない風景>に続く
取材・文・撮影/藤井 満