「自分たちの世代の不幸を踏み台に」との中沢の思い

(キャプ)広島の原爆ドーム
(キャプ)広島の原爆ドーム
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中沢が生前、口癖のように言っていた言葉があるという。

「中沢先生は『自分たちの世代の不幸を踏み台にして、今の人には平和で幸せになって欲しい、それが望みだ』と話していました。理不尽に原爆の犠牲になった方たちにとっては、それがせめてもの救いなのです」

意を決してゲンを描いたのもそのためであった。しかし、今はその中沢の望み自体が、あやうくなってきているのを感じているという。

「ゲンを隠してしまいたい人には、より日本を戦争に近づけたいという考えがあるように思います。ドキュメンタリー『教育と愛国』の斉加監督に聞いたところによれば、山口県の教育委員会は昨年の安倍総理の家族葬のときに、県内すべての県立高校に弔意の意を表す『半旗掲揚』を求めたそうです。

教育基本法は『特定の政党を支持し政治的活動をしてはならない』と定めていて、文部科学省もそんな半旗掲揚は通達していません。それなのに独自に要求した。圧力なのか、忖度なのかわかりませんが、今回の広島の教育委員会との動きと似ていますよね。

岸田政権は安保3文書を閣議決定して防衛費の増額を既定路線としました。さらに議論もせずに国会を軽視して敵基地攻撃能力(反撃能力)を持つ方針も掲げています。今回の件も、こうした流れと連動しているのではないでしょうか。

そういう意味では、ゲンをどう扱うかは、被爆国日本の政治家や政権にとってはある意味、リトマス試験紙なのです。ゲンに励まされてやってきた人間としては、それがついに否定されたわけですから、これは戦うぞと、私は気持ちも新たにしています」

香織は自分の十八番である「はだしのゲン」を弟子たちにも伝承しようとしている。

「今年91歳の画家、村岡信明氏さんは『歴史を語り継ぐことは遺産継承』と言われています。平和のための遺産継承として、原爆の真実はまっさきに伝えなくてはいけないものです。私の弟子たちが語り部としてゲンをやりたいと言えば、教えていきます。ゲンはもう立派な古典です。普遍的な警句を発しているから、いつまでも古典になるのです」