『フェイブルマンズ』で語られる魅力的な両親

〈監督の母への取材も〉ビル・ゲイツに尊敬された父と、自由な芸術家の母…映画『フェイブルマンズ』で描かれるスピルバーグ監督を育てた偉大な両親のこと_4
『フェイブルマンズ』。右からミシェル・ウィリアムズが演じる母、ポール・ダノが演じる父、そしてふたりの離婚の原因となる、セス・ローゲン演じる父の親友ベニー
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『フェイブルマンズ』に登場するミッチ・フェイブルマン(ミシェル・ウィリアムズ)とバート・フェイブルマン(ポール・ダノ)は、当然、スピルバーグの両親がモデルになっている。頭脳明晰で論理的な電気工学技師だったお父さんと、“ピーターパンシンドロームで大人になりきれなかった(監督談)”ピアニストのお母さんだ。対照的なふたりは、スピルバーグに正反対の影響を与えた。

「父の影響とヘルプがなかったら『A.I.』(2001)はできなかったし、テクノロジーの理解力も欠如していたに違いない。そして一見突拍子もないことをしてるような、母の自由で芸術的なアドバイスと後押しがなかったら、ここまで幅広い題材にチャレンジできたかどうかわからない。映画作りにも私生活にも、大きな影響を与えているんだ」

実は筆者は以前、お母さんのリア・スピルバーグさんに会ったことがある。映画の中にも登場するお父さんの親友で、夫との離婚の原因になった人と共に、Milky Wayというユダヤ系料理を提供するレストランをやっていたころだ。

レストランに関する簡単なインタビューのつもりでお会いしたのに、あまりの楽しさに長居をしてしまったのを覚えている。弾むような笑い声と、溢れ出るポジティブなエネルギー、そしておしゃべりを楽しむ明るいキャラクターは、ミシェル・ウィリアムズが劇中で見事に再現していた。

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監督はお母さんと非常に強い絆を持っていて、インタビューをすると、彼女の話題が必ず登場する。リアさんは、2017年に97歳で亡くなった。

「1920年生まれの母は、“女性の立場が男の何歩か後ろ”だった当時の価値観の中で、とても個性的でモダンだった。物おじせずにいろんなことに飛び込んでいける人だった。自分なりの考えを持っていて、はっきり言葉にする人だったから、僕は女性の意見を尊重する大切さを、小さいときから身につけていたんだ」

その言葉通り、強い母と3人の強い妹たちに囲まれて育ったスピルバーグは、仕事において「実力のある女性はいつもウェルカム。リーダー的立場に女性を雇うことが多い」という。

芸術家に多い、気分のアップダウンの差が激しい人で、「楽しそうに歌ったりクラシックバレエのポーズで自由に踊りまくっているときと、床の上に胎児みたいにうずくまっているときがあった」という。

「彼女はいつも、“私たちのことはいつ映画にしてくれるの? 家族の話を映画にしなさいよ”と僕をせっついていたんだ。僕と母の間には、ふたりだけの秘密もあったしね」

その秘密は、映画の中で詳しく語られている。

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「両親の離婚後、関係を断絶していたため未知の部分が多かった」のが、父のアーノルドさん。

彼はGE(ゼネラル・エレクトリック社)で働いていた際、コンピューターの未来に目を向けない会社の方針に背き、いち早く小型化の重要さを見抜いて研究をしたエンジニアグループのひとりだった。

秘密裏に研究を進め、1959年に従来よりもずっと小さいGE-225という、メインフレームの開発に成功した。画期的な発明だったが、自慢話を嫌うアーノルドさんから、その話の詳細を聞いたことはなかった。

ところがある日、ビル・ゲイツからランチの招待があったという。父と参加したランチの間中、ビル・ゲイツはアーノルドさんにだけ熱心に話しかけた。

「あなたたちが開発したGE-225なくして、パソコンはありえませんでした。あなたたちのパイオニア精神なくして、コンピュターの一般化はできませんでした。ポール(・アレン/マイクロソフト社の共同創設者)と共に、僕たちは感謝しても感謝しきれないと思っています」と、アーノルドさんへの賞賛は止まらなかった。

それを見ていたスピルバーグは、お父さんの業績の偉大さを初めて知って唖然とし、アーノルドさんは溢れる涙を拭くために、ポケットに手を入れてハンカチを探していたという。

アーノルド・スピルバーグさんは2020年に103歳で亡くなった。

『フェイブルマンズ』で語られる、スピルバーグの18歳までのストーリーを辿っていくと、8ミリカメラで撮影した映画の存在が、いかに彼の人生を変え、彼が作った数々の名作に影響しているのかがわかる。

「どんな映画も、希望を忘れずに作っている」と語るスピルバーグ。

ファミリーの温かさだけでなく、両親との特別な関係、別れの辛さ、幸せも悲しみも永遠ではないというメッセージが込められた『フェイブルマンズ』は、明るさの中にほろ苦さを感じさせる。

この映画は、スピルバーグから両親へのギフトだという。

文/中島由紀子

スティーヴン・スピルバーグ
1946年12月18日生まれ、アメリカ・オハイオ州シンシナティ出身。幼少期から映画を自主製作し、1969年にTVシリーズ『四次元への招待』で監督デビュー。プロデューサーとしても活躍している。映画『ジョーズ』(1975)『レイダース 失われたアーク<聖櫃> 』(1981)にはじまるインディ・ジョーンズ・シリーズ、『E.T.』(1982)『シンドラーのリスト』(1993)『プライベート・ライアン』(1998)『リンカーン』(2012)『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)など話題作多数。『シンドラーのリスト』と『プライベート・ライアン』でアカデミー監督賞を受賞した。

フェイブルマンズ(2022)The Fabelmans 上映時間:2時間31分/アメリカ
初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になったサミー・フェイブルマン少年は、8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行の記録係となり、妹や友人たちが出演する作品を製作する。そんなサミーを、芸術家の母(ミシェル・ウィリアムズ)は応援するが、科学者の父(ポール・ダノ)は不真面目な趣味だと考えていた。そんな中、一家は父の仕事の都合で西部へと引っ越すことに。そこでのさまざま出来事が、サミーの未来を変えていく。

3月3日(金)より全国公開
配給:東宝東和
公式サイト:https://fabelmans-film.jp/
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