千葉県富津市内を車で走っているとちらほらと「黄金アジフライ」と書かれたのぼりや看板を立てた飲食店が目につく。店の前にはこの「黄金アジフライ」を目当てに、客が長い行列を作っていた。ここまで人気を博している「黄金アジ」とは一体何なのか。天羽漁協本所の担当者が解説する。
「こちら黄金アジです!」店員が手にしたのは地元では“黒アジ”という別モノ…行列ができる人気アジ料理店に地元漁業関係者が激怒「黄金アジはそんなに獲れない」〈独自・アジ論争〉
都心から1~2時間でアクセスできる千葉県内房エリア。海水浴場をはじめ、天然の海の幸をふんだんに使った料理が味わえることでも人気の観光スポットだ。なかでも近年、メディアで取り上げられることも多く、注目を集めているのが富津市金谷周辺で獲れる黄金アジ。アジフライブームの波にのり、ますます注目度が高まっている富津産のブランドである黄金アジだが、実は今、このアジをめぐって論争が起きている。
マアジの中でも希少な黄金アジ

富津市内にかかげられた『黄金アジフライ』ののぼり(撮影/集英社オンライン)
「金谷から竹岡(ともに千葉県富津市)で獲れるマアジの中に、薄く黄色がかった体がぼってりした『マアジ』がいるのですが、それが黄金に見えるので『黄金アジ』と呼ばれ地元のブランド魚のようになっています。ただ、定置あみ漁、さしあみ漁、つり漁で獲れる『マアジ』は『黒アジ』も『黄金アジ』もいっしょに市場に運ばれ、同じ『マアジ』として競りに出されるので種類の区別はしていません。『マアジ』の魚体が黒ければ『黒アジ』、黄金なら『黄金アジ』と呼ばれるだけで同じ『マアジ』です。競り落としていった仲介業者が値段をつけて売る際、『黄金アジ』は『黒アジ』に比べて数が獲れないので高い価格で取引されているようです」
同じ「マアジ」という魚体でも、地元の漁師や漁業関係者が見れば「黄金アジ」と「黒アジ」の差は一目瞭然のようだ。天羽漁協本所の担当者が続ける。
「見た目だけでなく、味も食感もまったく違います。『黄金アジ』は体がぼってりとしていて身が柔らかい。脂もよくのっているので味も濃厚だと言われています。ですが、脂ののりがいい以上、劣化が早く日持ちがしないので漁師から直送契約している飲食店も多いようです。一方、『黒アジ』は沖で泳いでいるので身が引き締まっています。そのため歯ごたえがよく脂も少ない。わかりやすくいえば筋肉か脂肪かの違いで、どちらが好きかは好みにもよると思います」

市内の港(撮影/集英社オンライン)
現在、「黄金アジ」に限らず富津市では「マアジ」自体の漁獲量が減ったため価格は高騰傾向にあり、以前に比べると2倍~3倍の価格で取引されているという。天羽漁協本所の担当者が続ける。
「約2年前と比べると『マアジ』は3分の1くらいの量しか獲れていません。地球温暖化などさまざまな理由が考えられますが、他の魚は獲れるのに、なぜか急にマアジだけ獲れなくなりました。昨年の12月と今年の春先にも獲れない時期がありました。何日も獲れない日が続いたと思ったら、ぽつっと1日だけ獲れたりするような状況で、例年見込んでいる漁獲量ほどは獲れません。さしあみ漁で1日10キロ、定置あみ漁だったら1日100キロ単位で獲れればいいほうって感じですね」
獲れないのに毎日営業している店がある
地元の漁業関係者が「黄金アジ」について補足する。
「地元の漁師が『黄金アジ』と呼んでいるのは主にこの辺の海の遠浅のエリアに根づいているアジのことを言います。この辺の海底の地形は沖の手前までが遠浅になっていて、沖に行くと急に深くなります。こうした地形だと遠浅エリアに栄養素が溜まりやすいので、エサに困らない『マアジ』が根づきます。エサを探して動きまわらないので食っちゃ寝、食っちゃ寝をした『マアジ』がぼってりしていくわけです。さらに遠浅なので太陽光が差し込みますよね。その保護色で遠浅の『マアジ』は金色になって、逆に沖にいる『マアジ』は同じく保護色で黒くなるわけです」

黄金アジ(撮影/集英社オンライン)
千葉県の鋸南町と富津市の境には標高329.4メートルの鋸山がそびえたつ。雨が降って鋸山を辿って川から海に流れ出てくる水には多くのミネラルや栄養素が含まれていると言われる。遠浅のエリアにはそれらの栄養素が溜まりやすく、そこに根づく「マアジ」は言わば天然のプロテインで育つ「マアジ」だという。
「だからこそ絶品になるんです。本物を見れば他の『マアジ』と『黄金アジ』は全然違うってわかりますよ。漁獲量にも関わってくるので正確には言えませんが、富津産じゃない『マアジ』だと高くてもキロ600円ぐらい。それに対して富津産は今、常にキロ1500円程度はつく感じですね。さらに数の少ない『黄金アジ』だとキロ2000円前後にはなりますね。何より近年は『黄金アジ』が市場に出回る事さえ珍しいです」
それだけ希少価値のある「黄金アジ」なら飲食店からも引く手あまたなのだろう。地元の漁業関係者はこう断言する。
「寿司屋をはじめ、『黄金アジ』を使いたいとほうぼうからお声がかかります。ですが漁獲量が少ないため、専門店でも毎日扱うのは無理ですね。もし私たちが直接お店をやったとしても、『黄金アジ』を使ったメニューは1日限定10食ぐらいでしょうし、そもそも獲れない日は出せません」

富津市内の飲食店で出される「黄金アジ」の「アジフライ」、数に限りがあり食べられない日も多いという(撮影/集英社オンライン)
このように、今や手に入れるのが難しい「黄金アジ」だが、一部の飲食店では、不自然なほど大量に供給されているのだという。地元の飲食店が心情を吐露する。
「去年の12月は記録的な『マアジ』の不漁が続きました。寒波の影響で例年の10分の1も獲れてなかったと思います。特に『黄金アジ』は数も少なく貴重で、ブランドとして注目され始めてるのもあって、大手ホテルやスーパーも競りに乗り出してきているから、手に入れるのが大変なんです。
なのに、『マアジ』ですら一匹も揚がらない不漁が続いた時期でも毎日、『富津産の黄金アジ』を大々的に掲げて営業している怪しい店がいくつかあるんです。それらの店では『黒アジ』を堂々と『黄金アジ』として売ったり、ひどいところになると富津産ですらない『黒アジ』を仲買業者とグルで仕入れ、『富津産』の看板を掲げて店に並べている。これには地元の漁業関係者からも不満の声があがっています」
疑惑の店の「アジ」の味は美味かった! だが…
こうして「富津産の黄金アジ」をうたって営業している一部の怪しい飲食店と漁業関係者のあいだに深い溝ができてしまったという。
取材班が複数の地元漁師や飲食店を取材したところ、最も多く不満の声があがった“疑惑の店”は都内にあるアジ料理を専門にあつかう飲食店のA店だった。A店はこれまで多くの情報番組に登場し、「黄金アジ」の魅力を伝えている専門店で、ランチや夕食どきには行列ができることで知られる人気店だ。
店の看板メニューは「黄金アジ」を使用した「アジフライ」で、富津市から毎朝仕入れていることを売りにしている。SNSを確認した限り、不漁時期だった昨年12月からこれまで、「黄金アジ」が手に入らず営業を休んだという記述は見あたらない。
7月某日の晩御飯どきに記者が店を訪れると、店内はごった返していた。カウンターに座り、「黄金アジ」を使用した店の人気メニュー「アジフライ定食」を注文。出てきた「アジフライ」は確かに絶品だった。
そこで店員に「美味しいですね、『黄金アジ』を見せてもらえますか?」と伝えると、厨房にいた店員は得意気にアジを手に取り、見せてくれた。

A店の店員が見せてくれたアジ(撮影/集英社オンライン)
だが、このアジ、尻尾こそほのかな金色だが、魚体はどう見ても黒色にしか見えない。本当にこれが「黄金アジ」なのだろうか?
記者が写真を撮り、後日、前出の漁業関係者に見せたところ、「これは黒アジだよ」と深いため息をつくのだった。

黄金アジ(撮影・集英社オンライン)
A店はなぜ、地元で「黒アジ」といわれる「マアジ」を「黄金アジ」として提供しているのか?
ことの真相を問いただすためA店の店主を直撃した。
(♯2へ続く)
取材・文/集英社オンラインニュース班
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