「高速道路の料金、高すぎだよ。首都高なんて1回で1950円するんだぜ」と、嘆くのは関東を中心に活動する暴力団関係者S氏だ。
首都高は4月1日から普通車の基本料金が現金の場合、1320円から1950円に値上げされた。
ETCカードを使えば距離に応じて割引されるが、暴力団員はクレジットカードを持てないため、ETCカードもつくれない。
これまではクレジットカードを持たなくてもETCが使えるETCパーソナルカードを利用する暴力団員も多かったが、こちらも規制強化で使用できなくなった。
「ETCカードの不正利用で770円詐取」「餅つき大会への道中で不正運搬」を口実に逮捕者続々で組長受難の時代へ。組のトップ摘発で組織はどう動く? 知られざるヤクザ社会の礼式
ETCカードの不正利用やプロパンガスの不正運搬容疑などの軽犯罪で暴力団組長らが逮捕されるケースが増えている。そこには暴力団排除へ突き進む警察の執念を感じるが、組長が逮捕されるとその構成員や周辺団体の対応も大変だ。知られざるヤクザ社会の礼式とは。
たった770円詐取で暴力団関係者が逮捕

「捕まらないためには現金で払うしかない」とS氏は肩をすくめる。
それというのも、今年に入って特定抗争指定暴力団六代目山口組の直系組長らが、ETCの不正使用で次々と逮捕されているのだ。
2月2日には他人名義のETCカードで高速道路を走行したとして、秋良連合会会長の金東力、極粋会会長の森尾昇、章友会会長の松岡錠司ら11人が逮捕された。容疑は電子計算機使用詐欺の疑いで、詐取した金額は770円とされている。
5月17日にも電子計算機使用詐欺の疑いで、早野会会長の鈴川憲司ら3人が逮捕された。詐取した金額は正規料金との差額280円だ。
傍から見れば、どんなに小さな案件でも捜査して逮捕にこぎつけるという、暴力団排除へ突き進む警察の執念を感じさせるような事件だが、S氏によると「直参の組長らは狙われいやすい」という。
「傘下団体の幹部や組員を狙っても、何かの容疑で尾行していれば別だが、いつどこにいるのか、どこからどこへ行くのか、居場所や行動を突き止めるのは面倒だ。一方、直参の組長たちの足取りは掴みやすい」
山口組開催の餅つき大会を利用して組長らを逮捕
たとえば12月13日は山口組の恒例行事である「事始め式」が行われるため、直参組長はみな静岡へと出向く。
「警察は13日の前後3日間ほど、周辺の防犯カメラや高速道路のNシステムを調べればいい。誰が運転し、誰が車に乗っているか、カーテンさえ閉めていなければそれでわかる」(S氏)
S氏の言う通り、2月2日と5月17日に逮捕された会長らも山口組の行事に参加するため、高速道路を通っている。
警察にとって、直参が動くこうした恒例行事は狙い目なのだ。警視庁のマル暴担当の元刑事は「大きな事件での逮捕が難しい状況なら、何かに絡めて逮捕することで、組織に圧力をかけるのも暴力団捜査のひとつ」だという。

※写真はイメージです
5月10日には六代目山口組直参の若林組組長の篠原重則ら5人が逮捕された。こちらも山口組恒例行事の餅つき大会に関連した逮捕だ。容疑はプロパンガス10本を法律に定める基準を守らずに運搬したということだが、すでに罰金10万円の略式命令が下りている。
元刑事は「起訴にならない限り、暴力団排除に対する効果は低い」と話す一方、逮捕する刑事にとっては「傘下組織の組員を逮捕するより、組長連中を逮捕したほうが自分らの評価に対する点数は高くなる」とは別の警察関係者。
そのため警察内部では、このニュースを受けて「逮捕するにはこういう手もあったのか」と称賛する声もあるらしい。
組長逮捕は組にとって打撃だが、その時、組はどう動くのか。山口組関係者であるH氏によると、「一番にやらなければならないのは弁護士への連絡、次が差し入れへの対応だ」と話す。
「捕まったところで組長は黙秘する。組の幹部が面会に行こうにも、まず裁判所から許可は下りない。警察対応も組長がどういう状態なのかも弁護士から聞くしかない」
礼電マニュアルが用意されている組も
組長レベルとなれば、どの組も依頼できる弁護士はいるという。
同時に組員らが行うのが、差し入れとそれに対する礼電対応だ。直参組長が逮捕という情報が流れるや否や、すぐに差し入れを行うのがヤクザ社会の礼儀なので、一報の直後から電話が鳴るという。
SNSの普及とともに情報伝達は早くなり、「案じる電話や、差し入れ先を問い合わせる電話をすぐに入れる。送り先の警察署を間違えるとヤバいんでね」(H氏)
差し入れる署を間違えれば、送り主である組長は警察の笑い者。この手のミス、というよりもはや不祥事は絶対にあってはならないのだそうだ。
差し入れされる物の多くは本だ。留置所では取調べ以外では、読書するぐらいしか時間をつぶす方法がない。
警察署では収容者に対し、1日3冊まで差し入れが可能という決まりがある。単行本でも雑誌でも小説でも漫画でも1日3冊だ。
六代目山口組は直参から傘下の団体まで直系の組織が70以上ある。それが一斉に収容先の警察署に差し入れを送ってくるというのだから、「警察もその日ばかりは図書館だね」とH氏は笑う。

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逮捕した刑事は点数になるが、差入れ対応しなければならない警察官や留置係は大変だ。
「直参親分が逮捕されたとなると、直系団体が差し入れを一気に送るので、本の場合はその数は200冊にもなる。『○○から本が届きました』と教えてくれる警察署もあれば、そうでない署もある。
さらに、警察に置いておく場所はないし、収容者に与えられているのは小さなロッカーひとつで何冊も入らない。弁護士に持って帰ってもらうこともあるが、仕方なく送り返すこともある」(H氏)
ところが下手に返送すると、返された側は「オイオイ、なんでや」ということになるという。
「送り先の警察署を間違えてますか」と問い合わせてくる組もあり、そうなると差し入れを受けた組の担当者は関係各所に速やかに礼電を入れなければならないのだ。この時、間違いは許されない。そのため組ごとに担当がいて、礼電マニュアルが用意されている。
「間違わないよう、マニュアルを壁に貼っている組もある」とH氏は話す。そのマニュアルとはどんなものかを聞くと、「○○組、当番者の△△と申します。この度は、手前親分にけっこうな物をちょうだいいたしまして、誠にありがとうございました。お礼かたがたご連絡させていただいた次第です。叔父さんにもくれぐれもよろしくお伝え下さい」と慣れた口調で答えてくれた。
事務所使用禁止が組にとって痛手な意外な理由
礼電を入れる際、気をつけなければならないのは組同士の序列だ。
同じ組からもし3人が差し入れしてきたなら、そこも序列に従って礼電を入れなければならない。序列にうるさい組もあり、「先にあちらにお電話しましたが、序列がありますんで」と説明することもあるとH氏はいう。
暴力団の組織はピラミッドで成り立っている。特に六代目山口組のピラミッドは、他の暴力団組織より強固で堅牢のため、序列を間違うことは許されないのだ。

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事務所があれば、これらの対応もまとめでできるが、六代目山口組は神戸や大阪、名古屋などで事務所の使用が禁止されている。
差し入れや見舞いなどの電話は、組長が逮捕された組幹部へ直接かかり、礼電対応も担当組員が自分の電話からかけるしかない。
H氏によると対応が遅れたり、慣れない担当が電話でミスをしてもすぐにリカバーできないため、事務所の使用禁止は組織の有事にはかなり痛手となるらしい。
ETCの不正利用で先に逮捕された組長らは、すでに起訴されたと聞く。これから先、暴力団組織の恒例行事があるたびに、全国の高速道路の料金所には現金払いの車が列をなすことになりそうだ。
取材・文/島田拓
集英社オンライン編集部ニュース班
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