――今回、「ジャンプTOON」という縦読みマンガへのチャレンジが発表されました。立ち上げの背景を教えてください。
浅田(以下、同)縦読みマンガの世界では現在、いろいろな種類のヒット作が生まれています。たとえばREDICE STUDIOが手がけた『俺だけレベルアップな件』のように、韓国のスタジオ発の作品もありますし、一方で集英社でも作家が一人で描いた『氷の城壁』(阿賀沢紅茶)が大ヒットになりました。また最近「少年ジャンプ+」でも読み切りの縦読みマンガ『大巨人』(原作:ト城、漫画:肥田野健太郎)が注目を集めるなど、いろいろなタイプの作家さんが現れてきています。
縦読みマンガは、スマホベースで読みやすいマンガの発表形態です。スマホに合わせるため縦にスクロールしていく読み方になり、紙の印刷を想定しないのでフルカラーになった。ここにビジネスモデルとして、アプリ「ピッコマ」などに代表される「待てば無料」の1話単位の課金形態が組み合わさっています。
「スマホで一番読みやすいマンガはどんなものなのか」という問いに対して、様々な立場の才能が答えを出そうとしている。その人たちと一緒にマンガを作りたいという希望から、縦読みマンガの事業に参入することを決めました。一言で言えば、「正しい時に、正しい場所にいよう」という思いです。
「作品だけでなく生態系をつくりたい」集英社が今、縦読みマンガ事業に参入する理由。「第1回 ジャンプTOON AWARD」開催
集英社が縦読みマンガ事業「ジャンプTOON」をスタートする。合わせて5月30日、「第1回 ジャンプTOON AWARD」の開催が発表された。なぜ、いま、ジャンプグループが縦読みマンガに挑戦するのか。これまで『ONEPIECE』『BLEACH』『アイシールド21』『血界戦線』などの作品を立ち上げ、様々な新企画を実現に導いてきた、ジャンプTOON統括編集長・浅田貴典氏に話を聞いた。
「スマホで一番読みやすいマンガ」とは

ジャンプTOON統括編集長・浅田貴典氏
――「正しい時」とのことですが、今この瞬間をどのようなタイミングとして捉えているのでしょう。
ビジネス的には、現在の日本国内における縦読みマンガの市場は約500〜600億円と見込まれています。今の電子コミック市場が約4500億円なので、そちらと比較しても存在感が大きくなってきていますが、まだ若い市場です。僕自身の感覚としても、20代の若い社員から好きなマンガの話を聞いていると、縦読みのマンガのタイトルが上がってくるようになったなと実感します。若い世代が本気で面白がって読み始めているタイミングだなと。
僕自身は紙かつモノクロのマンガ時代の編集者ですが、縦読みマンガにはすごくワクワクしています。縦読みマンガの特徴のひとつはフルカラーですが、フルカラーだからこそできる表現もありますし、プロダクション制や技術の発展によってフルカラーマンガを作りやすくなっている局面だと感じています。
いろいろな作品を読む中で、たとえば韓国のウェブトゥーン『ザ・ボクサー』(JH)には衝撃を受けました。もともと作者のJH先生は、『水平線』という、作家性あふれる尖ったマンガを発表していたんですが、『ザ・ボクサー』はそこからぐっとエンターテインメントに寄せた連載作です。こういった作品発表の流れがあるんだと、あらためて感じました。
――新しい作家がたくさん生まれていて、彼らの作品を楽しむ読者も急増しているタイミングであると。
誤解のないように申し上げたいのは、今回の縦読みマンガへのチャレンジは「マンガ事業をピボット(方向変換)する」のではなく、「マンガ事業を拡張する」ためのものです。横開きのマンガの才能をもっている方々とは、今までも、これからも、変わらず一緒に仕事をしていきます。マンガ事業もライツ事業も好調だからこそ、まだ出会っていない新たな領域の才能と一緒に仕事をするための挑戦をしたいと考えています。
「ジャンプ」の名前を冠する理由
――今回、集英社は「ジャンプTOON」という事業を発表しました。
スマートフォン向けのアプリ「ジャンプTOON」を今後新規で立ち上げます。あわせて、オリジナルの縦読みマンガ作品を作っていきます。

「ジャンプTOON」のサイト https://jumptoon.com/
――集英社には他にもマンガアプリがあり、縦読みマンガを販売できる電子書店も多い中で、どうして新しく独自アプリを作るという形になったのでしょうか。
確かに集英社が作った縦読みマンガ作品を、まず外部の書店で展開していくという発表形式もあります。実際、これまで集英社のマンガ編集部や各部署は、それぞれ縦読みマンガの制作にチャレンジしてきたんですね。マーガレット編集部は先ほどもお話した『氷の城壁』、少年ジャンプ+編集部は『タテの国』(田中空)、新規事業開発部では『リバースタワーダンジョン』(牧場ノリ)など……。ただ、この形式だと書店さんから戻していただける販売・閲覧データが限定的なんです。作品のクオリティアップのためには、読者からのデータを緻密に取って作家さんにフィードバックする必要がある。それにはやはり、自社で独自のマンガアプリを立ち上げる必要があると考えました。
さらに、各編集部が個々にやるのではなく、「ジャンプTOON編集部」という、集英社初の縦読みマンガ専門の編集部を同時に設置しました。編集部員には少年マンガに少女マンガ、ライトノベル、デジタル領域など、さまざまな部署出身の多種多様なメンバーが集まっています。
――「ジャンプ」の名前を冠していますが、どのようなコンセプトの作品を作り上げていく予定ですか?
「ジャンプ」というと、「男性キャラが主人公」「特殊能力」「バトルマンガ」といったイメージを持っている方が多いのではないかと思います。でも僕はそう捉えてはいません。僕はジャンプグループに30年弱いますが、時代によってずいぶんラインナップの質は変化しています。
「個性あふれる作家さんと共に作品を作っていく構造」自体が「ジャンプ」だと思っているんです。作家さんのクリエイティビティが十全にあるのであれば、表面的に少年向け、青年向け、少女向けであることは関係なく「ジャンプ」である――つまり、「ジャンプTOON」では、ジャンルを問わず、個性あふれる作家さんがクリエイティビティを活かして縦読みマンガを発表できる構造であることを目指します。
――現在直面している難しさや課題はありますか?
我々はやはり後発なので、先達の方々のすごみは仕事を進める上で常に感じています。たとえば韓国などの制作プロダクションには、制作システムの作り方やコストの抑え方などの仕組み面で、一日の長が明確にある。後発の立場で「追いつけ・追い越せ」を考えるのは課題だなと。
――逆に、集英社ならではの強みはなんでしょうか。
それはやはり、0から1の物語を紡げる作家さんとのつながりがあることでしょうね。マンガ家さんやマンガ原作者さんはもちろんですが、ライトノベル、ライト文芸を発表している作家さんや脚本家さん、イラストレーターさんなど、現在マンガとは違う形態で創作をしているたくさんの作家さんともお付き合いをしています。そのつながりは集英社のアセット(資産)であると考えています。
――今後「ジャンプTOON」が目指しているビジョンを教えてください。
作品を作るだけではなく、生態系を作りたいですね。このビジョンは、マンガ業界の先達である武者正昭さんと江上英樹さんがインタビューで答えていたことに影響を受けています。武者さんたちが言うには、マンガは工業ではなく、むしろ林業だと。山にたくさん木を植えて、そこから5〜10年は平気でかかる。目の前の木が大きい木になるとは限らないということだと、僕は思いました。(※参照:https://gendai.media/articles/-/95175?imp=0)
横開きのマンガにおいては、ジャンプグループの編集者が「ジャンプルーキー!」を作って新人を発掘しています。そんな風に、縦読みマンガにおいても、単純に作家さんと目の前の作品を作るというだけじゃなく、作家さんが志望して、自分の力を磨いて、連載が始まって、ヒット作品になる。そういった生態系をデザインする挑戦をしたいんです。非常に大きな挑戦なので、前のめりにやっていっています。
新人賞「ジャンプTOONアワード」の狙いは
――5月30日に「第1回 ジャンプTOON AWARD」の開催が発表されました。この新人賞の概要を教えてください。
プロ・アマ問わず、縦読みマンガを投稿する新人賞です。縦読みマンガ事業を始めるにあたって色々な調査をしているのですが、あらためて現在は、歴史上で一番マンガ家さんの数が多い時代だなと感じています。SNSやイラスト投稿プラットフォームなどでも、縦読みマンガを投稿している人が存外に多いというデータもあります。そういった方々に投稿してもらう受け皿になるべく、新人賞「ジャンプTOON AWARD」をスタートします。

「第1回ジャンプTOON AWARD」詳細はこちらhttps://award.jumptoon.com/
――どのような作品を求めていますか?
こちら側の立場だけでいうと、魅力あるキャラクターがいる「長編」を読みたい。その上で、「先がどうしても読みたい作品か」「繰り返し読みたい作品か」――この2つがカギになると思っています。
今のウェブトゥーン市場は、単話課金のビジネスモデルをもとにしていることもあって、「先が読みたい」作品が多いです。一方で「繰り返し読みたい」は、これまで横開きのマンガが単行本の形式でやってきたことでした。この「繰り返し読みたい」も縦読みマンガで達成するようなチャレンジを、作家さん、アプリ開発会社さんと一緒にやっていきたいですね。
――クリエイターの方にとって、「ジャンプTOON AWARD」に投稿するメリットはなんでしょうか?
手前味噌になってしまいますが、世の中に数多くのコンテンツがある中で、「ジャンプ」という冠がつくことには、作家さんから価値を感じていただけるのではないかと感じています。
集英社はマンガ事業に関してはかなりクレイジーな人間が集まっています。たとえばアプリ「少年ジャンプ+」のビジネスモデルは、アプリ単体で収益を得ることよりも、作品を産み出すことに特化しています。それは結局「作家さんの作品を多くの人に届けたい」という思いが体の奥底まで染み付いている人間が作っているからなんですね。「ジャンプTOON」事業もこれと同じです。集英社が非上場企業であることもある意味では強みで、短期的な結果に左右されることなく、マンガ家さんと最後の最後まで一緒の船に乗る――そういうスキームにするべく、我々は準備しています。
――最後に、「ジャンプTOON AWARD」への投稿を考えているクリエイターの方へのメッセージをお願いします。
「読者を楽しませたい」「読者を驚かせたい」。そういう企みのある作家さんと一緒にお仕事をしたいです。単純にワクワクしませんか? 「ウェブトゥーンだからこういうジャンルじゃないとウケない、売り上げが立たない」という“正解”に向かって進むだけの仕事って、「それってマンガだったっけ?」と思っています。
人の心を動かす。人を楽しませる。人を驚かせる。そんな作品を我々と一緒に作っていきませんか?……というのを、メッセージとさせていただきます。

取材・文/集英社オンライン編集部 写真/長谷部英明
「第1回ジャンプTOON AWARD」詳細はこちら
https://award.jumptoon.com/
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