初出場時は“どぶろっくショック”。表情ひとつにこだわる職人・かが屋がキングオブコント用にネタを作らない理由
ここ数年で「大会のレベルが飛躍的に上がった」と言われるキングオブコント。2022年のファイナリストたちの貴重な証言から、その舞台裏を浮き彫りにしていくシリーズ連載。今回はライブチケットが即完売することでも知られるコント職人・かが屋。日常のワンシーンを巧みに切り取る彼らの「コント頭脳」に迫る。
かが屋インタビュー♯1
「どぶろっくさんのネタで落ち込んだ」

かが屋。マセキ芸能社所属。2015年結成。コンビ名は加賀翔(右)と賀屋壮也(左)の名字を合わせたもの
——今回、3番手で登場したかが屋が披露したのは『SとM』というネタでした。傍目から見たらアブノーマルな人たちなのかもしれませんが、Sの人はSなりに、Mの人はMなりに、ただひたむきに幸せを求めている。それが切なくもあり、おかしくもある、かが屋らしいリアルな人間を浮かび上がらせたコントでした。ただ、得点は計466点で、その時点でトップだったネルソンズに次ぐ2位でした。率直なところ、どう思いましたか。
加賀 よかったー、って。
賀屋 点数高いですもん。
加賀 前回、初出場のときは446点だったんです。20点も上がってる。
——初出場したのは、どぶろっくが優勝した年、2019年でしたよね。
加賀 あのとき僕らは7番手で、どぶろっくさんの次の出番だったんです。どぶろっくさんがウケ過ぎて、もう、そこが完全にピークで。頭を抱えましたね。絶対、無理だって。

——キングオブコント史上、もっともやりにくかった順番と言っていいかもしれませんね。どぶろっくのインパクトが強過ぎて、かが屋さんのネタがなかなか頭に入ってこなかったのを覚えています。でも、今回、改めてあの年のネタも見返してみて、こんなにおもしろいコントだったのかと。出だし、最高ですよね。閉店間際の喫茶店で、賀屋さんがどでかいバラの花束を抱えて、呆然としているシーン。魂の抜け殻のような表情で。
加賀 気に入ってはいたんですけどね。
賀屋 顔的には、つくりやすかったんですよ。どぶろっくのネタで落ち込んで。コント自体も落ち込んでいる顔スタートだったので。
加賀 どぶろっくさんの点数を見たときのショック過ぎる顔のままいけたからな。
賞レースのためにネタは作らない
——それを聞くと、もう一度、見返したくなりますね。今回の『SとM』もそうでしたけど、かが屋のネタを観ていると、もっとたっぷり時間をかけてみたら、もっと味わい深いんだろうなと思ってしまうんですよね。
加賀 そういう方には是非、単独ライブに来て欲しいですね。『SとM』も、もともとは10分以上あるんです。
賀屋 最初にやったときはね。
加賀 毎年、60本ぐらいネタをつくるんですけど、基本的には、どのネタも最初はそれぐらいの長さなんです。キングオブコントのために最初から5分のものをつくるということはないので。

かが屋のネタの多くを作る加賀。幼馴染に誘われNSCの大阪校に35期生として入学したが、若手芸人は漫才しかできなくなると勘違いし、コントをやるために上京した
——それを5分に削るというのは難しくないのですか。
加賀 2017年までは準決・決勝は持ち時間が4分だったんですよ。4分だと、もう大手術が必要になってくる。どこかをごっそり引っこ抜くとか。でも5分なら、まだ何とかなりますね。キュッと縮めれば。
賀屋 めっちゃ早口でしゃべるとか。
——4分と5分で、そんなに違うんですね。
加賀 ぜんぜん違いますね。『SとM』も4分にしたことがあるのですが、かなり厳しかった。4分ルールの時代だったら、キングオブコントでやってないですね。勝てる気がしないので。5分あれば、何とかあのネタのよさを残せる。
——決勝時は、準決勝のときにはなかったトイレの扉のセットがありました。居酒屋で、Mっ気の強い男にほれた女性が、あえてS全開でその男に迫っていくネタでしたが、コント中、2人は何度かトイレへ行って、共通の知人に電話をかけるシーンがあったんですよね。
加賀 劇場だとお客さんが僕らの動きを見逃すことは、ほとんどないんです。だから、動きで想像がつく。ここに扉があるんだな、と。でもテレビだと、料理をしながら見ているかもしれないし、スマホをいじりながら見ているかもしれない。
なので、トイレの扉を開けるシーンを見逃してしまったら、ただ、カウンター席の隣の空間で電話をしているようにしか見えない。あんな近くで電話しているのに、どうして横でお酒を飲んでいる人には聞こえないの?ってことになりかねない。
お客さんの目がいいことを祈りながらやってました

東京学芸大学卒で、教員免許(中学社会・公民)を持っている賀屋
——なるほど。やはり、テレビの場合は、扉があった方がいいわけですね。
加賀 ただ、最初は開き戸ではなくて、引き戸だったんです。でも、存在感があり過ぎたので、開き戸に変えてもらいました。
——引き戸だと、引く扉を収めるスペースまで必要になるから、より大がかりなものになりますもんね。
加賀 あそこまで大きいと、見ている人が期待し過ぎてしまうんですよ。あの扉をどう使うんだろう、って。でも僕らのコントでは、単なる扉以上の意味はなかったので。
——審査員の松本(人志)さんが「後半、もうちょっと詰めて欲しかった」と話していましたが、せっかくなら、もっと扉を有効利用して欲しいという意味も含まれていたのでしょうか。
加屋 それはわからないですけど、もう一つ盛り上がりがあったら、ということなんですかね。僕はあの後半も、あれはあれでおもしろいと思っていたんですけどね。
——準決勝は約1800人キャパの会場の、最後列から観ていたので、表情とかほとんどわからなくて。やはりテレビで観るコントは別物ですよね。とくにかが屋のような人の心の機微に触れるようなコントは、表情が見えるか否かは大きいなと思ってしまいました。
加賀 準決勝の会場は伝わるかどうか、ほんと不安でしたね。1800人のお客さんの目がいいことを祈りながらやってました。
賀屋 目が悪い人はちゃんと視力を矯正してきてくれ、って。
——今大会、ビスケットブラザーズが史上最高点を出しましたが、それまでは2019年のどぶろっくの480点が史上最高点だったんですよね。
加賀 あの年なら466点でも十分ベスト3圏内ですけど、2022年はほとんどの組が460点台でしたからね。3組が終わった段階で2位なんで、まあ、終わったなっていう。
——うなだれていましたか。
加賀 いや、お陰で、その後も暫定席から他の組のネタを楽しく観られました。トップのネルソンズさんはピリピリしていましたけど。残れるかどうか。僕らのせいで3位に落ちたクロコップさんは、死にそうな顔をしてました。「(滞在時間)短か……」って。

取材・文/中村計 撮影/村上庄吾