
なぜM-1はここまで盛り上がるのか? “東京吉本芸人の父”山田ナビスコが感じる「若手芸人の意識の変化」
「東京吉本芸人の父」と称されるライブ作家・山田ナビスコ氏が、初となる著書『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)を刊行した。30年近くにわたって若手芸人たちを育ててきた山田氏が感じる、今まさに勃興しつつあるお笑い界の変化とは。
関東の若手芸人たちの話を聞いていると、時折聞こえてくる名前がある。ある者は「山田ナビスコさんにコンビ結成をすすめられて……」と語り、ある者は「ナビスコさんにネタを見てもらって……」と感謝を口にし、ある者は「ナビスコさんが新宿でカラスと戦っていた」とまことしやかに述べる。
東京吉本の若手芸人を数多く育て、“父”と慕われるライブ作家・山田ナビスコ氏のことだ。幾多の芸人を見守ってきた山田氏に、この30年弱の芸人たちの潮流の変化を聞く。
お笑いで天下を取るから、お笑いで食べられればそれでいいへ
――毎年盛り上がりを見せる『M-1グランプリ』ですが、最近だと、『M-1』の影響を受けて芸人になった若手は多いですか?
多いです。今、芸人を目指すのは、『M-1』や『キングオブコント』といったコンテストに憧れた人たち。だから、ネタへの執着が強い。一方、バラエティを見て芸人を志したという人はほぼいないですね。それも仕方ない話で、昔みたいに「俺たちもコントやりたい!」と思わせるコント番組が、ゴールデンにほとんどないじゃないですか。
バラエティが情報番組化していってしまって、子どもが「自分もあそこに出たい」とはなっていない気がします。オズワルドのネタに衝撃を受けて、「俺も漫才やりたい」となる中高生はいると思うんですけど。そうでなければ、身内で盛り上がって楽しそうなYouTuberに憧れるんでしょうね。
――ネタへの執着が強い芸人は、テレビに出ずとも劇場でネタだけやって食べられればいいわけですよね。そういう大阪の「師匠」のような生き方は、東京の芸人でも可能なのですか。
難しくはないと思いますよ。銀座7丁目劇場(1994〜1999年)は最初、吉本印天然素材を売るための劇場で、「早くここから卒業してテレビに行こうね」という目標があった。2000年ぐらいにデビューした芸人までは、劇場をステップにしてテレビで人気者になるイメージだったんですよ。
それが2001年にルミネtheよしもとができたことで大きく変わりました。テレビの人気者も出る劇場だから、「あの舞台に自分も立ちたい」という欲求が生まれたし、その成功を受けて、日本全国に吉本の劇場が増えていった。
――東京と大阪はもちろん、京都、福岡、大宮、幕張、沼津……全国各地にありますね。
さらに週末になると、日本のどこかで吉本のライブをやってるから、テレビに出なくても食べられる時代になったんですよ。YouTubeも広がって、自分でも発信できるようになりましたし……。
タレント志向があって芸能人になりたい人はテレビを目指すでしょう。それは全然いいことだと思う。
一方で、ネタに特化した芸人は、「無理してテレビに出てやりたくないことをやらされるぐらいなら、そこまで儲からなくてもいいからネタをやりたい」という意識が強いはずです。それは東京でも生まれてきてますよ。囲碁将棋とか、ゆにばーすとか。川瀬名人なんてテレビ出演を拒んでますし。
――新著の『東京芸人水脈史』の中でも、「この10年で『売れる』の定義が変わってきた」と指摘していました。どのような変化を感じていますか?
東日本大震災の以前と以後で、笑いや芸人に対する捉え方が全く変わってきた気がしますね。僕は1969年生まれで、『ノストラダムスの大予言』の影響を受けて、子どもの頃は「いずれ地球は滅ぶ」と思っていた世代なんですよ。
それが90年代になって、予言が的中しないとわかってから、宮台真司さん言うところの「終わりなき日常」を生きるようになった。ふざけた毎日を送って、自由で好き勝手に生きるヤツが一番という感覚になったんですね。
――たしかにバブルもあって、刹那的、享楽的な空気がありました。
でも、それが震災で変わった。今、27歳ぐらいから下の世代、東京吉本だと22期生以下あたりからは、子どもの頃に震災を体験したり映像を見たりしたことで「人はいつか死ぬ。それならば、有限の時間の中で目標をきっちり持って、自分の好きなことをやろう」と考えるようになったんじゃないですか。
だから自分たちがやりたいことをやって生きていくという信念に対して、すごくまっすぐです。それもあって、「お笑いだけで食べられればそれでいい」と考えるようになってきました。以前は「お笑いで天下を取る」という発想だったんですけど。
なぜ吉本の劇場では「バトルライブ」が必須なのか
――昔みたいにコンプレックスを燃料に、世間を見返してやるために芸人を志すタイプはいないのでしょうか?
いるにはいます。でも、そのタイプはお笑いを好きでやってる人たちになかなか勝てないと思いますねえ。お笑いへの探究心が違いすぎるので。
――ということは今の若手は平和主義で、「戦って勝つ」という意識が薄い?
それはあるんですよ。ただ、自分のポジションを得るという目的で、戦いを勝ち抜こうとするというか……。意識がビジネスなんです。お笑いを、自分の世界を実現するための手段としてとらえている。オリエンタルラジオなんかその先駆けだったんじゃないですか。生き方として芸人ではあるけれど、ちょっと職業っぽさがある。それは今の学生お笑い出身の芸人に共通しています。
令和ロマンの高比良(くるま)に「芸人になるのは、起業するのと同じ」と言われたのは目からウロコでしたね。
――吉本の劇場はバトルライブがあって否応なく戦うじゃないですか。芸人の能力を磨くうえでバトルは必要?
若いうちは戦わなきゃいけないでしょうね。バトルがなくて野放しだったらここまでお笑いは高度になっていなかったですよ。勝ち負けがあって、このままでは駄目だと思い知ったとき、自分に何が足りないかを考えるからネタが伸びる。
――負荷をかけないといけないのですね。
今の∞(無限大)ホールは2層になっていて、下のユースクラスは戦わないといけないんです。ただ、勝ち上がってレギュラーメンバーになれたら、あとはずっと自分たちのネタだけを磨けばいい。たとえば、ネルソンズやそいつどいつは、最近、新ネタを何本かおろしてその他に企画があるというライブをやってるんですよね。賞レースを想定しつつ、そこまで突き詰めないで、実験的にネタをおろすことができる。
それをやっていくと、とんでもなく濃いネタが生まれるんです。そりゃあ賞レースのファイナリストの輩出率が高くなりますよ。一番の自由を勝ち取るためには、バトルしないといけないから。
一方でカズレーザーさん(メイプル超合金/サンミュージック所属)を見ていると、競争社会からは生まれない異才だなと感じます。吉本にはまだカズレーザーさんを生む土壌はないのかもしれません。
取材・文/鈴木工 編集/斎藤岬
『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)
著者:山田ナビスコ

2022年11月26日刊行
価格:1760円(税込)
単行本:256ページ
978-4-299-03263-8
東京吉本芸人の間で語り継がれるレジェンド作家・山田ナビスコ初の自伝的エッセイ!
世界的に見ても“お笑い異常大国”である日本において、
その真っ只中に28年間身を置いた著者が綴る“お笑い”だらけの人生譚。
究極のお笑い番組『笑ってはいけない』や、M-1グランプリをはじめとした賞レース秘話、
極楽とんぼ、ロンブー、ピース、渡辺直美、ダイタク、おかずクラブ、ニューヨーク、ぼる塾など
東京吉本を牽引してきた大人気芸人らとのエピソードなど多数。