いまの日本は「人権後進国」という言葉がしっくりくる。「失われた30年」は経済だけではない。人権もまた、すごい勢いで後退している。
国際人権法を専門とする著者はこの本で、貧困や政治、表現の自由、女性の権利、入管問題など数々の分野で、日本がいかに国連機関からの勧告や懸念を無視してきたのか、学術的な視点から丹念に分析しつつ、課題を浮き彫りにしている。
性暴力被害を訴えた伊藤詩織さんへの中傷や、官房長官会見での質問制限、名古屋入管で起きたスリランカ人女性の死亡など、私が取材に関わった事案も登場する。当時、著者の知見に大変支えられたが、この本を読むと、それらも「氷山の一角」でしかないことがわかる。
背景には、政治家とメディアの責任があるように思えてならない。東京五輪では森喜朗・組織委員会会長の女性蔑視発言に批判が集中した。都知事のときの石原慎太郎氏もひどかった。重度障害者施設を視察して「ああいう人に人格あるのかね」と言い放ち、陸上自衛隊の式典で「三国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返す」と述べた。だが結局、メディアはこれらの発言を「○○節」などと〝個性〞の問題に矮小化し、免責に加担してきた。
その石原氏が「次世代の党」時代に公認したのが杉田水脈氏だ。安倍晋三氏の庇護をうけて自民党に転じてからも、性的少数者について「生産性がない」などと評し、詩織さんを誹謗する25個のツイートに「いいね」を押すなど差別的な言動を続けてきた。そんな人物を、岸田政権は政務官に起用した。
差別の容認は社会全体に波及する。著名ユーチューバーDaiGo氏は「ホームレスの命はどうでもいい」と語り、最近ではひろゆき氏が胃ろう患者の保険適用について「飯が食えない老人は自費で生き残るか諦めて」とツイートした。社会的弱者に対する差別や冷笑が、娯楽として消費される国は異常だ。
人権後進国を変えるためには、差別を放置せず、権利保障のため声を上げなければならない。それには国際人権の正しい理解が「武器」になる。『武器としての国際人権』。25回ぐらい「いいね」を押したいタイトルだ。
教養・カルチャー 2023.01.26
「人権後進国」を変えていくための武器 藤田早苗『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』を望月衣塑子さんが読む
いまの日本は「人権後進国」という言葉がしっくりくる。「失われた30年」は経済だけではない。人権もまた、すごい勢いで後退している。 国際人権法を専門とする著者はこの本で、貧困や政治、表現の自由、女性の権利、入管問題など数々の分野で、日本がいかに国連機関からの勧告や懸念を無視してきたのか、学術的な視点から丹念に分析しつつ、課題を浮き彫りにしている。
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「人権後進国」を変えていくための武器
武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別
藤田 早苗

2022年12月16日発売
1,100円(税込)
新書判/320ページ
ISBN:
978-4-08-721246-4
【推薦!】
「『思いやり』に頼らず『国際人権』の実現を!日本を世界と未来へと拓く道標がここに 」
中野晃一 氏(政治学者、上智大学国際教養学部教授)
「人権後進国を変えるためには、差別を放置せず、権利保障のため声を上げなければならない。それには国際人権の正しい理解が『武器』になる」
望月衣塑子 氏(東京新聞記者)
【国際人権の視点から日本を考える】
私たちは、生活のあらゆる場面において人権を「行使」している。
しかし、国際的な人権基準と照らし合わせてみると、日本では人権が守られていない。
コロナによって拡大した貧困問題、損なわれ続ける報道の自由、なくならない女性の差別や入管の問題……そうした問題の根幹には、政府が人権を保障する義務を守っていないことがある。
その状況を変えるためにはどうすればいいのか。
国際人権機関を使って日本の問題に取り組む第一人者が、実例を挙げながらひもとく。
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