守りたいもののために人は噓をつく――
青春の苦みときらめきを描くミステリー

頼まれごとの多い堀川次郎と、皮肉屋で大人びた松倉詩門。高校の図書委員を務める少年二人の推理と友情を描いた連作青春ミステリー『本と鍵の季節』から約四年。シリーズ続編にあたる長編『栞と噓の季節』が刊行されます。今回二人が遭遇するのは、トリカブトの押し花を使った栞をめぐる謎。堀川と松倉は事情を知っているらしい女子生徒・瀬野とともに栞の出所を探り始めます。しかしこの三人はそれぞれある理由から噓をついていて……。
絶妙な距離感が生み出す、青春の苦みときらめき。直木賞受賞後第一作となる、米澤青春ミステリーの最新作について、お話をうかがいました。

聞き手・構成=朝宮運河/撮影=露木聡子/撮影協力=北沢書店

青春の苦みときらめきを描くミステリー 『栞と噓の季節』米澤穂信さんに聞く_1
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装丁のデザイン案から生まれた“続編”

―― 『栞と噓の季節』は『本と鍵の季節』から数か月後の出来事を描いた、〈図書委員〉シリーズの第二弾です。主人公の高校生二人のその後を書きたいという思いは、以前からお持ちだったんでしょうか。

 もともとシリーズ化を考えていたわけではないんです。『本と鍵の季節』の単行本を作っている際に装丁のデザイン案を三パターン見せていただいて、それがどれも素晴らしかった。迷った末、単行本にはグリーンが基調のデザインを使用したんですが、他の二案も捨てがたくて「これらは続編で使いましょう」と編集さんと冗談半分で話していたんですね。まったく瓢簞から駒のような話なんですが、「続編があるならこういう形だろうな」という大まかなイメージが、デザイン案を眺めていた時点で浮かんできたんです。今回それが実現したという形です。結局、装丁は、今回の新作の内容に合わせてデザイナーさんが新しく作ってくださいました。

―― 堀川次郎と友人の松倉詩門は高校二年生。ともに北八王子市にある高校で図書委員を務めていますが、二人を図書委員という設定にしたのはなぜですか。

 これまた成り行きのような話で恐縮なんですが、このシリーズのそもそもの出発点は密室ものやアリバイ崩しなど、ミステリーの主要なパターンを網羅した本を作りませんかというご提案だったんです。それで最初に書いたのが「913」という暗号ものの短編でした。これは本が深く関わってくる話だったので、主人公の高校生コンビを図書委員ということにしたんです。彼らは一回限りの登場になるはずでしたが、編集さんを含めて「もっと彼らの活躍を読んでみたい」という感想を多くいただいて、図書委員シリーズとして書き継いでいくことになりました。

―― 図書室に流れる穏やかな時間が描かれていますが、米澤さんご自身が図書委員をなさっていたとか?

 そういう経験はありません。図書委員の仕事についても、あらためて調べて書いています。私の通っていた高校の図書室は、すごく賑やかで活気があったんですよ。いつ行っても何人か生徒がいて、コミュニケーションノートで見知らぬ生徒同士が交流したりもしていました。いつも閑散としている堀川たちの高校とは正反対でしたね(笑)。

今回はハードボイルド小説を意識して

―― 『本と鍵の季節』の最終二話で描かれた事件を経て、堀川と松倉は久しぶりに図書室で再会します。まるで何事もなかったように言葉を交わすのが、いかにも彼ららしい。

『本と鍵の季節』で描かれるさまざまなエピソードを通して、堀川と松倉の距離は変化していきました。当然今回はその変化を受けての続編ということになるのですが、何があったかは詳しく触れる必要がないだろうなと。前作のネタばらしになるからという事情もありますけど、堀川だったらこういう接し方をするだろうなとも思うんです。

―― カウンターにいた堀川が受け取った返却本には、トリカブトの押し花を使った手作りの栞が挟まれていました。トリカブトといえば致死性の毒を含んだ危険な植物。そのことに気づいた二人は、栞の持ち主を探し始めます。

 続編を決めた時点で、栞から毒物が見つかるというアイデアまで浮かんでいました。当初は作品のタイトルを『栞と毒の季節』にしようと考えていましたが、「毒」という言葉はちょっと悪辣なニュアンスがあるので、連載開始前に「噓」へと改めたんです。

―― 廊下に張られた写真コンテストの入選作品にもトリカブトが写っていることに気づいた二人は、さらに調査を進めることになります。二人の行動の背後にあるのは、誰かが困るのを見過ごすわけにはいかない、というごくまっとうな価値観です。

 探偵役がどうして事件に関わるのかという部分は、この作品に限らずいつも重視しているところです。ある程度規模が大きくなると、警察が動き出すので堀川たちの出る幕はありません。また彼らは自分たちと関わりのない事件を、好奇心から解き明かすというタイプでもない。最初はあくまで図書委員の仕事として栞の持ち主探しに関わっていて、その後ある人物に助けを求められたことで事件への向き合い方が変化する、という流れをしっかり描くように心がけました。

―― ウイットに富んだ軽口をたたき合いながら、栞とトリカブトの出所を探っていく堀川と松倉。二人の描かれ方はどこかハードボイルド小説を連想させます。

 今回この長編を書くにあたって念頭に置いていたのはハードボイルドであり、捜査小説なんです。その意味ではおっしゃるとおりですが、文章面では特にハードボイルドを意識してはいませんでしたね。ハードボイルドの文体は主人公が何を考えているのか明かさないのが要諦ですけど、堀川の描き方は違いますから。
 ただ彼らは見栄っ張りというか、こうありたいという理想の姿に忠実過ぎるところがある。前作で松倉が図書館のルールを守ることについて「どんな立派なお題目でも、いつか守れなくなるんだ。だったら、守れるうちは守りたいじゃないですか」と言う。これは堀川にしても、まったく同じ思いだったと思います。彼らにはここだけは譲りたくないというものがあり、それを守るために意地を張っている。それは突き詰めれば、ひとつの「美学」ということになるかもしれません。美学はハードボイルドの基本ですからね。

噓によって生まれる人間関係もある

―― トリカブトの植えられた校舎裏で、堀川たちは瀬野という女子生徒に遭遇。何か事情を知っているらしい瀬野に協力する形で、二人はトリカブトを用いた事件を調べ始めます。しかし三人はお互いにある噓をついていて、本心を明かしていません。

 ええ、三人それぞれが異なる理由で噓をついています。堀川にも松倉にも瀬野にも守りたいものがあって、そのためには噓という手段を取らざるを得ない。彼らが何を守ろうとしていたかが明らかになることで、それぞれの人間性も露わになる。学校で軽く付き合うだけの関係からより深い関係になる、という変化を描きたかったんです。そもそも彼らは自分が秘めていることを積極的に口にするタイプではないし、そうする理由もない。だからまず噓をつくことから人間関係をスタートさせていく。これはこの三人に限らず、現実でも往々にしてあることじゃないかと思います。

―― 瀬野は「ずばぬけてきれいだけれど性格が悪い」と噂されている、学校でも目立つ存在です。彼女はどんなキャラクターとしてお書きになっていますか。

 瀬野は『本と鍵の季節』の会話中にすでに登場しているんですよね。校則違反を指摘されて、靴下をゴミ箱にたたき込んだという武勇伝が語られています。彼女を再登場させるにあたって、その思い切った行動がどんな心に基づいているんだろうと考えたんです。推測されるのはよっぽど社会性が欠如しているか、でなければ心中に何か焦りがあるか。おそらく彼女の場合は後者だろうなと思ったんです。

―― 彼女が人知れず抱えている悩みは、きれいすぎる外見に由来するものでした。ルッキズム(外見至上主義)という言葉が認知されるにつれて、近年注目されている問題です。

 校舎裏にやってきた松倉たちと出会った瀬野は、「花を探しに来たんだ」という松倉の言葉に、一瞬怒りの表情を浮かべます。自分のことを言われたのかと思って。あまり印象的なシーンではないかもしれないですが、ここに瀬野の問題が表れているんです。とはいえ現代的な話題を好んで取り上げたわけではなくて、人はどういう時に悩むのだろうかと考えた結果出てきたものです。瀬野のような悩みはこれまで話題にならなかっただけで、大昔から存在したとは思うんですよね。