ガザという圧力釜

2023年10月7日、ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスの攻撃により、千人を超えるイスラエル人が亡くなった。また、240名を超える人質が取られた。

さらに、それをきっかけとしたイスラエル軍による攻撃で2万1000名を超えるガザのパレスチナ人の命が失われた。そして220万人とされるガザの人々の命が危機にさらされている(23年12月28日現在)。220万人と言えば、日本の自治体でいえば名古屋市の人口とほぼ同じくらいである。名古屋市民全体が、壁で囲まれた中で水や食料、燃料を止められ、爆撃にさらされている状況にたとえていいだろうか。

危機は、人質の交換のための一時休戦を挟みながら、この原稿を書いている現在も継続中である。一刻も早い停戦が望まれる。だが、いまはまだその道筋さえ見えない。

地中海に面するガザという地域は、古代からエジプト綿を輸出する港として栄えてきた。そのため、「ガーゼ」という言葉は、ガザが由来になっているという説がある。しかし、現在の状況は、ガーゼの包帯では止まらないくらいの出血が続いている。なぜ血が流れているのか。これからどうなるのか。まずは現状と紛争当事者双方の事情を確認しておきたい。

10月7日のハマスの越境攻撃は、イスラエルはもちろん、世界を驚かせた。まず、ハマスはなぜ奇襲を仕掛けたのだろうか。今回のハマスの攻撃の作戦名は「アル・アクサの大洪水」である。アル・アクサとは、エルサレム旧市街にあるイスラム教の聖地、アル・アクサ・モスクのことである。なぜ洪水なのか。

ユダヤ教の聖書、キリスト教は、これを旧約聖書と呼ぶが、この聖典に神が教えに従わない人々を罰し滅ぼすために大洪水を起こしたという記述がある。ノアの箱舟の話である。同じような記述がイスラム教の聖典コーランにもある。大洪水という作戦名に、聖なるモスクを冒涜するような邪悪を正すというハマス側の大義が反映されている。

こうした作戦が実施されたのはなぜか。それは、イスラエル軍による占領の状況があまりにひどいからである。エルサレムを含むヨルダン川西岸での入植地の拡大、そして16年以上に及ぶガザの封鎖が続いている。ガザは圧力釜のような存在だ。その圧力釜に火を焚べて、圧力が高まり続けていた。状況を知っている者にとっては、いつか爆発するのではないかと予測することは容易であった。

【パレスチナ戦争】なぜイスラエルはハマスの奇襲を予期できなかったのか。第四次中東戦争時の奇襲との共通点_1
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逆にこの前提を知らず、10月7日から紛争が始まったと考える人にとっては、なぜこのタイミングなのか理解できないことだろう。

パレスチナ自治区は、西のガザ地区と、東のヨルダン川西岸地区から成り立っている。まずはヨルダン川西岸地区である。ここ数年、西岸地区ではイスラエル側の暴力が特に目立っていた。

入植地の拡大、入植者による暴力により、パレスチナ人の村に火がつけられ、オリーブの木が切られ、人々が死傷した。家を奪われ追放される者も後を絶たない。そして2022年にはアル・アクサ・モスクの周辺でパレスチナ人とイスラエルの治安当局が衝突し、イスラエルの警察が土足でアル・アクサ・モスクの内部に入って信徒を警棒で殴ったり拘束したりする事件が起こった。そんなことも日常になっていた。

そしてガザ地区はもっとひどい。イスラエルとエジプトによる封鎖により、人々はあらゆる人権が奪われた状態が続いてきた。「天井のない世界最大の監獄」と言われてきたが、実態は監獄よりもひどい。監獄ならば刑期が終われば出られるが、ガザからは脱出できない。刑務所ではなく強制収容所ではないかとの声も聞こえる。ガザは、いつ爆発してもおかしくはなかった。