少子化克服は100年かかる国家事業…人類史上初の人口減時代、労働輸出国の若者が減り始めた世界で「今後30〜40年は移民を巡っての競争になる」
人類史上初となる「人口減時代」が迫っている。2020年の出生率が世界最低水準となった隣国・韓国をはじめ各国が危機にあらがうなか、日本に突きつけられた課題とは何か。『人口と世界』(日経BP 日本経済新聞出版)より一部抜粋・再構成してお届けする。
人口と世界#1
労働輸出国の若者が減り始めた
ベトナムの履物メーカー、テクワン・ビナ・インダストリアルの採用担当者は2021年5月、本社から300キロメートル以上離れた中部の村で労働者を探し回っていた。少数民族の住民に、食事や宿泊場所の提供を持ちかけるが採用枠は埋まらない。

国内最大の都市ホーチミンの観光通りにある靴店
日本に技能実習生を送り出す人材会社の男性も「数年前なら募集定員の3倍は集まったが、最近は2倍がやっと」と嘆く「5年以内に出稼ぎは減り始めるかもしれない」
農村から都市に労働者が移動し、低賃金で経済発展を支える。やがて賃金上昇と労働力減少で成長が止まる―。英国の経済学者、アーサー・ルイスが提唱した「ルイスの転換点」と呼ばれる現象だ。
移民が米欧の成長を下支えしてきた
先進国では人口の増加が鈍った後も移民が成長の一端を担ってきた。国連によると、移民は2020年に2億8100万人と20年前の1.6倍になった。米国では移民が1990年代の(情報技術)革命を支えた。
新型コロナウイルスによる国境封鎖は、各国の外国人労働者への依存ぶりをあぶり出した。
「移民を締め出し主権を取り戻す」と20年末に欧州連合(EU)から離脱した英国。移民制限にコロナ禍が重なり、人手が不足した。コロナ禍前は大型トラック運転手の12%がEU出身だったが、新基準では「熟練労働」と認められず国外から雇えない。英道路運送業協会によると、商業用大型トラック運転手は10万人以上不足する。
移民のいない光景は一時的な現象とは限らない。現在の送り出し上位国は若年人口が減少する。インドの15~29歳人口は25年がピーク。中国も今後30年で約2割減る。

労働者確保に動き出した国もある。1990年代まで「移民国家ではない」と強調していたドイツは2020年、EU圏以外の労働者の受け入れを拡大。オーストラリアは19年、農業など人手不足の分野に一定期間従事するとの条件で、最長2年だったワーキングホリデーを同3年にした。
「今後30~40年は移民を巡る競争に」
国連は今後50年間で先進国の人口が2割近く減少する可能性があると推測する。米ワシントン大・保健指標評価研究所(IHME)のクリストファー・マレー所長は「今後30~40年は移民を巡る競争になる」と予言する。
未踏の時代をどう生き抜くか。一つのカギは「選ばれる国」になることだ。移民政策が専門の山脇啓造明治大教授は「積極的な受け入れ政策をとるなら外国人労働者が定着・永住できる選択肢を広げることが重要」と訴える。
ただ、移民・難民の増加はあつれきも生む。シリア難民を積極的に受け入れたスウェーデンでは、受け入れ凍結と「スウェーデン人最優先」を訴える極右政党が18年の議会選挙で台頭した。
人口減時代が本格的に訪れれば、もはや移民に頼り続けるのは難しい。当面は外国人労働者をひき付ける工夫をしつつ、長期的に経済全体の生産性をいかに底上げしていくか。その巧拙が各国の経済の浮沈を左右する。

「出生率1.5」の落とし穴
「子どもがいなければもっと自由に生きられる」
韓国の大手エンターテインメント企業の女性管理職(41)は結婚時、夫と話し合い子どもを持たないと決めた。
子どもは好きだが、教育費は増すばかり。あるソウルの有名学習塾の費用は月500万ウォン(約50万円)。不動産の高騰や厳しい雇用環境も子育ての足かせとなる。周りには結婚すらしない人も多く、小学校教諭の姉も「非婚宣言」した。
韓国は2020年の出生数が過去最少の27万2400人。女性1人が生涯に産む子どもの推定数(合計特殊出生率)は0.84で世界最低水準だ。
超少子化に陥る分水嶺とされる出生率1.5を長く下回った後に回復した国はほぼない。子どもが少ないのが当たり前の社会になり、脱少子化が困難な「低出生率のわな」に陥る。1.33の日本も直面する現実だ。
女性の社会進出と育児負担
なぜ少子化が進むのか。人口学者が指摘するのは、女性の教育と社会進出だ。男女格差が縮小するのは社会にとって大きな前進だが、女性にばかり育児の負担がかかる環境が変わらないと、働きながら望むように子どもを産み育てられない。
「フルタイムで働きながら子育てなんて考えただけで疲れる」
バンコクの女性大学院生(35)は嘆く。タイの20年の出生率は1.5で低出生率のわなの瀬戸際に立つ。
タイ女性の大学進学率は58%で男性の41%を上回る。英HSBCによると、大部分の国民が高等教育を受ける国で高出生率の国は一つもない。だが女性の教育を後戻りさせるわけにはいかない。
福祉国家フィンランドも出生率が10年の1.87から急減し、20年は1.37。子育て支援が手厚いはずの同国の急降下は大きな謎とされる。非政府組織(NGO)の人口問題連盟の調査ディレクター、ベンラ・ベリ氏は「女性は男性にもっと平等に家庭に参加してほしいと考えている」と指摘する。

少子化克服は「百年の計」
ヒントはどこにあるのか。少子化対策の優等生といわれてきたフランス。ここ数年は出生率が下がりつつあるが、それでも1.8台を維持する。子育て支援などの家族関係社会支出は国内総生産(GDP)比で2.9%と日本の約2倍だ。
きっかけは1870年の普仏戦争だ。直前まで欧州で人口最大だった仏がドイツに逆転され、敗戦も喫した。仏が少子化対策を「国家百年の計」とした背景には、この苦い記憶がある。仏は家族のあり方も大きく変え、1999年に事実婚制度PACSを導入した。2019年に仏で生まれた子の6割が婚外子だ。
儒教思想が根強い韓国でも21年4月、家族の定義を見直す方針を打ち出した。婚姻や血縁などによる家族の定義を民法から削除し、事実婚カップルらも家族と認める。制度を変えても社会に根付くには時間がかかるため、発想の転換を急ぐ。
「産めよ殖やせよ」と声高に叫ぶ時代ではない。それでも安心して子育てができる社会をつくるには一定の出生率の維持が欠かせない。
社会全体の生産性を上げなければ経済や社会保障は縮小し、少子化が一段と加速する悪循環に陥りかねない。百年の計をいまこそスタートさせるときだ。
『人口と世界』(日経BP 日本経済新聞出版)
日本経済新聞社

2023年6月24日
¥1,980
260ページ
978-4-296-11624-9
人類史上初!人口減時代迫る
忍び寄る停滞とデフレ、不安定な年金制度、移民なき時代の到来・・・
危機にあらがう各国の戦略とは?
・「豊かになる前に進む高齢化」苦しむ中進国
・新たな時代の「移民政策」に揺れる 欧州の懊悩
・「おひとりさま」が標準に 孤独との共生
・「縮む中国」 衰退が招く安全保障上の危機
・出生率を上昇させたドイツの「両親手当」
・「多様さ」認め、寛容な社会目指すデンマーク
・人口より「生産性優先」のシンガポール
これまで人口増を頼りに成長を続けてきた世界。
いまも進みつつある人口の減少は、社会に大きなひずみをもたらした。
一方で、独自の視点から問題に立ち向かう政策が功を奏した国も――
日本の進むべき道はどこにあるのか。
いまある危機を直視し、未来を共に考える日経新聞一面連載を加筆のうえ書籍化。
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