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「極右政治家」の象徴

第26回参院議員選挙の投開票日まであと2日と迫った22年7月8日、元首相の安倍晋三は奈良県での演説中に銃撃され、帰らぬ人となった。

この訃報が韓国に伝わると、一介の日本人記者である私にまで韓国の知人からお悔やみの言葉がいくつも届いた。その姿に、個人の問題を国民全体の問題としてとらえがちな韓国の集団主義文化を感じつつ、この国にとって「アベ」を失ったインパクトの大きさを肌で感じた。

韓国で「アベ」は特別な響きをもつ。だからこそ標的にもなりやすい。

保守系与党「国民の力」に羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)という裁判官出身の著名な女性議員がいる。日本にも度々訪れ、筆者も東京で開かれた国際会議で席が隣同士になり言葉を交わしたことがある。

国内では舌鋒(ぜっぽう)鋭く革新政党を追及するため保守層に人気があるが、大統領時代の文在寅を「金正恩の首席報道官」とからかったときは革新層の反発を招き、逆に親日派と攻撃され「安倍の首席報道官」とか、羅の名前を安倍(アベ)と掛けて「ナベ」などと呼ばれた。

韓国人の一般的な安倍観は、A級戦犯容疑者だった元首相、岸信介の孫であり「歴史修正主義者」「極右政治家」とのレッテルに代表される。国民にもメディアにも安倍は右傾化する日本政治の象徴であり、巨大な存在だった。さらにジェンダーや性的マイノリティーへの差別的な表現が批判を受けた議員を重用したことも韓国内で安倍のイメージを悪くした。

極右政治家の象徴として韓国が忌み嫌った「アベ」が亡くなったことに、韓国人はなぜ困惑しているのか_1
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摩擦が経済、安保に波及

日韓関係が「国交正常化後で最悪」といわれたピークは、おそらく19年8月22日、文在寅政権が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決めたときではないだろうか(後に「日本への破棄通告の効力を停止」に変更)。

これに先立ち日本政府は日本企業に対する元韓国人徴用工への賠償命令を確定させた大法院判決への事実上の対抗措置として、半導体材料の対韓輸出管理の厳格化措置に踏みきっていた。日韓間の摩擦が歴史問題から経済、さらに安全保障分野まで波及した点で極めて深刻な事態に陥った。

筆者はGSOMIA破棄決定のニュースに韓国で出くわした。日韓関係の立て直し策を話し合う国際会議に参加していたソウルで大きな衝撃を受けた。

この直前に取材した韓国外務省幹部は「破棄だけはあり得ない」とはっきり否定していたし、国際会議の韓国側メンバーも青瓦台の決定に「想定外だ」「考えられない」と一様に動揺を隠せないでいた。

そのうちの1人に北朝鮮情勢と安全保障が専門の尹徳敏(ユン・ドクミン)(尹錫悦政権で駐日大使に就任)がいた。「日米韓の3カ国協力を揺さぶるような決定を喜ぶのは北朝鮮の金正恩だけだ。理解に苦しむ」。

こうした尹徳敏のコメントを載せた急ごしらえの記事を翌日付の日本経済新聞1面用に仕立てて東京に送ったのを思いだす。