なぜ韓国政治家はすぐ土下座するのか。土下座、丸刈り、断食…喜怒哀楽の感情を可視化させる韓国「動の政治」とは
2023年の日本と韓国で、両国の首脳往来や官僚を含む政府間協議の久しぶりの再開を伝えるニュースが相次いだ。「最悪」と評される日韓関係を転換させた政治決断の裏にはいったい何があったのか…。『日韓の決断』(日経プレミアシリーズ)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『日韓の決断』#1
なぜ韓国の政治家はよく土下座するのか
韓国政治をウオッチしていると、日本人には奇異に感じられる光景にときおり出くわす。2022年3月9日投開票の韓国大統領選で、革新系与党「共に民主党」の大統領候補、李在明がみせた「土下座」もその1つだ。選挙戦のさなかのある日、党の失政をわびるとして突然、報道陣のカメラに向かって土下座し、床に頭を擦りつけた。
韓国の政界で土下座は珍しいものではない。04年3月、筆者もソウルに赴任した直後に国会内で目撃した。当時の記事が残っている。「与党のウリ党議員は議場で全員がひざまずき涙を流しながら『盧武鉉大統領の弾劾を阻止できずに申し訳ございません』と国民に謝罪。
床をたたいて悔しがったり投票箱を投げつけたりして怒りを表す議員もいた」。
日本で長く政治記者だった筆者には新鮮な光景に感じられ、急いで原稿を東京のデスクに送った。喜怒哀楽の感情を可視化させる隣国の「動の政治」を目の当たりにした最初の経験だった。
サムライ文化と儒教文化の違いだろうか、土下座姿に屈辱感を覚える日本人と比べると韓国人は抵抗が少ないようにみえる。朝鮮王朝時代を描いた韓国ドラマでも、王様に対して臣下の者が「チョーナ~」と地面や床に額を擦りつける場面をたびたび見かける。

土下座は謝罪の気持ちだけでなく、相手を敬う意思の表れ
韓国人に聞いてみると、土下座は謝罪の気持ちだけでなく、相手を敬う意思の表れでもあるそうだ。先祖の命日に祭壇の前でなされる先祖崇拝の伝統儀式チェサなどでの「クンジョル」という最も丁寧なお辞儀も、ひざまずいて頭を深々と下げるスタイルだ。
興味深いのは、そんな土下座と一般市民の日常生活との落差だ。「韓国人は相手にあまり謝らない、または謝りたがらない」というのが、計6年半に及ぶ私のソウル暮らしを通じて抱いた韓国人への印象だからだ。
日本人はよく謝る国民と言われる。店員を呼ぶときなども「すみません」だ。「申し訳ありません」という言葉も頻繁に使うだろう。韓国でも友達同士なら「ミアネ」(ごめんね)と言うが、その程度だ。仕事の付き合いなどで日本人が韓国人に軽い気持ちで「チェソンハムニダ」(申し訳ありません)なんて口にすると「いやいや、とんでもありません」とかなり恐縮されるはずだ。
なぜ韓国人は普段あまり謝らないのか。その理由を仲の良い知人に聞いてみたことがある。
すると「謝れば責任を伴うから」との答えだった。
つまり、韓国では自分が非を認めれば、例えばボランティアのような社会福祉活動をしばらく続けるといった謝罪の気持ちを具体的な行動で示さなければいけなくなる。相当な覚悟が必要であり、うかつに口には出せないという解説だった。
なぜ岸田首相は韓国で評価の声が上がったのか
韓国の政界で土下座は反省の気持ちを効果的、効率的にアピールできる手段で、「これからは国民に尽くす」という覚悟や決意が込められているように思える。
22年12月19日に日本記者クラブで峨山政策研究院の崔恩美研究委員が紹介した論文によれば、日本では1回謝れば終わりと考えるが、韓国では「相手がもう言わなくていいというまで謝罪を続けるべきだ」と考えるという。
だからこそ司法の問題はお互いの考え方の違いを踏まえ、相手の受け止め方も考慮しながら一緒に解決策を探す必要があると訴えた。
韓国人が好んで使う言葉に「真正性(チンジョンソン)」がある。日本では聞き慣れないが、「真心」「誠実さ」「本気度」などと訳される。歴史認識問題をめぐり韓国側が日本に反省や謝罪を求める際、枕ことばに「真の」とか「心のこもった」を付けることが多いのは、その後の行動まで制約する意味合いがある。謝罪ひとつとっても日韓では考え方や作法が違う。
それが日韓のさまざまな合意後の「すれ違い」につながっている。G7広島サミットに合わせて日韓首脳が韓国人原爆犠牲者慰霊碑を一緒に訪れて頭を下げたのが韓国で革新系メディアも含めて評価されたのは、首相の岸田が韓国人に対する言葉を行動で示したと受けとめられたからだ。

怒りを「目に見える」形で示す
剃髪(ていはつ)と断食も韓国では意思表示の手段として用いられ、政治の中心地、汝矣島(ヨイド)でもたびたび見かける。
19年9月、当時の大統領、文在寅が、様々な疑惑が指摘されていた曺国の法相任命を強行すると、それに抗議するため、元首相で保守系最大野党代表の黄教安(ファン・ギョアン)がバリカンで髪を丸刈りにした。同じ党の女性議員もやはり丸刈り姿になった。このケースでは「怒り」を目に見える形で示したわけだ。これも「動の政治」の一例だ。
黄は丸刈りから2カ月後の11月下旬、文政権による日韓GSOMIAの破棄表明などに抗議し、今度は無期限のハンガーストライキに突入した。
韓国の厳しい寒さの中で大統領府近くの広場に座り込み、夜はテントを張って「死を覚悟する」と意気込んだ。結局、断食開始から8日目の夜に意識を失って病院に搬送され、その2日後に断食終了を表明した。
土下座、丸刈り、断食はいずれも日本政界では、まず見られない。
日本社会はむしろ喜怒哀楽の感情を顔に出さないのが美徳とされてきた文化の違いがあり、それは政界にもあてはまる。日本人からすると、仰々しく冷めた目で見られそうな政治パフォーマンスも、韓国では意外にも支持者にそれなりに受け入れられてきた土壌がある。
しかし、未曽有の醜聞合戦に陥った前回の大統領選では、候補者本人はおろか、妻までも国民に頭を下げる姿が何度もテレビに映しだされたことで国民の間であきれた声が広がり、土下座や謝罪の効果はほとんど見られなかった。
文/峯岸 博 写真/shutterstock
『日韓の決断 』(日経プレミアシリーズ)
峯岸博

2023/7/8
1,100円
280ページ
978-4296117451
【内容紹介】
《変容する日韓の深層に迫る》
2022年5月に韓国大統領に就任した尹錫悦氏は、文在寅前政権の対日政策を刷新し、「国交樹立以降で最悪の状態」を改善するため大きく舵を切った。2023年3月には、「日本はすでに数十回にわたり、私たちに歴史問題について反省と謝罪を表明している」と明言。過去に縛られる日韓関係を根本的に変える強い決意を示した。日本はどう応えるべきか。『日韓の断層』で両国の亀裂の深みに迫った日経のベテラン記者が、双方の社会で静かに進む変化を捉え、両国の今後を探る。
●経済成長の続いた韓国では、1人当たりGDPが日本を追い抜き、先進国入りを実現した。政権交代を後押しした新しい世代が台頭する一方、歴史・伝統に固執する「民心」が存在感を誇示しており、社会の二面性に特徴がある。本書は、この韓国社会の特性と見え隠れする変化の底流を対日関係と絡めて読み解く。とくに尹政権を誕生させたイデナム(20代男性)・イデニョ(20代女性)の実像、成熟しない政治やメディア、成長する経済と豊かさを実感できない民衆の姿などを取り上げる。
●日韓最大の懸案である徴用工問題では、尹錫悦大統領が大きく踏み込んだ決断を表明した。「反日の政治利用」を韓国大統領自らが言及したことは、日本人を驚かせた。従来の韓国の政権とは大きく異なる尹大統領の決断は、どのような背景のもとで行われたのか、今後はどうなるのか、鋭く分析する。
●企業の海外展開が加速し、ビジネスの面では日本以上に世界を意識している韓国。一方、安全保障の面では中露、北朝鮮に対峙し、緊張の度を増している。2022年11月には、韓国が避けてきた「インド太平洋」戦略を発表して日米と歩調を合わせる姿勢を見せた。中国に対する複雑な国民感情、米国との関係改善、強硬な北朝鮮。日韓が置かれた厳しい状況についても、わかりやすく解説した。
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