おぼろげに思い出されるそれは"カップアイスの中につぶつぶのガムが散りばめられている"もの。あのアイスは何だったのか。
疑問に思い始めたのは、中学生になってからだった。
「昔、ガムの入ったカップアイスがあったよね?」と、クラスメイトに話してみたのだが、それを知る人はひとりもいなかった。
回答は決まって「なにそれ?」「知らない」だった。
ひょっとしてものすごくローカルな商品だったのかもしれないと、かつて実家の駄菓子屋に集っていた幼なじみ達にも尋ねたのだが、答えは同じだった。
さらに驚いたことに、それを仕入れていたはずの私の親すら「知らない」。これには愕然とした。
その後も折を見て様々な相手に尋ねてみたのだが、手がかりは全く得られないまま時が過ぎた。やがて「自分の記憶違いかも」と、話題にするのをやめてしまった。
子どもの頃の思い出には、事実と空想が混在しているものもあるんだろう、と。
幻のアイス「バブヤング」とは。消えかけた記憶の中の懐かしいアイスを求めて
実家が駄菓子屋だった私は、他の人より多くの菓子に触れる子ども時代を過ごした。そのなかにひとつだけ、飛び抜けて印象に強く残ったアイスの記憶がある。味は覚えていないが、アイスとガムがカップで同居する、かなりのキワモノだった。今回はそんなアイスの正体を突き止める。
自分以外に誰も知らなかったアイス

写真はイメージ
意外なところから見つかった糸口
さて、時は過ぎ、そんな思い出の輪郭もぼんやりしてきた2000年代。
「スイーツ」と呼ばれるような洗練されたアイスがコンビニに並び、情報が広告やインターネットで取り交わされるようになった。
そのとき私は20代半ばで、ブログの走りだったテキストサイトというものに日記や読み物を書いていた。
ある日、例のカップアイスを思い出し、気まぐれでネタとしてテキストを書いてみた。回答など期待せず、謎の思い出ネタとして締めて笑い話になればいい、ぐらいに思って。
ところがなんと、それに反応する人物が現れた。それはwebサイト経由で再会した小学校の同級生。彼女とは電子メールで近況を送り合っていたのだが、彼女は私のテキストを読み「確かにあった!」とメールをくれた。
それだけで飛び上がるほど驚いた。空想だと思っていたものが、突然第三者によって実在を証明されたのだから。
数日後、彼女は一枚の画像を送ってくれた。
まだ検索エンジンも、webコンテンツも乏しい時代に、どこからか見つけてきてくれた画像は小さくて不鮮明な写真だった。しかし、それはぼやけていた記憶をくっきりした確信へ戻してくれるのに十分だった。
ガム入りアイス、その名は…
カップアイスの名前は『バブヤング』。超マイナーなメーカーの商品かと思ったら、発売元は天下のロッテだった。つまり全国区で販売されていたのだ。
ならばなぜ、誰もそれを覚えていなかったのか。おとなになった私は次のように考えた。
ガムの入ったカップアイスという概念は、たしかに面白い。しかし、子どもがその日の大事なおやつとして、少ないお小遣いを費やして選ぶには、キワモノ過ぎたのではないだろうか。
つまり、食べた人自体が少なかった、ということだ。以降、類似商品が見られなかったことも、それを示唆していると思う。
その後20年以上が経ち、膨大な情報を取り出せる今のインターネットでも、バブヤングの検索結果は数えるくらいしか残っていない。懐かしい駄菓子の資料が溢れるなか、バブヤングは消え去ろうとしているのだ。
これを多くの人に伝えるのは、半世紀近く記憶の片隅にとどめていた自分の宿命だと感じ、今回、ロッテの広報に直接問い合わせてみた。
バブヤングを求めて
結論から言うと、製造元であるロッテにもバブヤングに関する資料はほとんどなく、画像がたった一点残っているだけだった。下のような当時のカタログに、バブヤングは確かに載っていた。

当時のカタログ(筆者注・公開に関して確認できない要素があり、バブヤング以外はぼかし処理を施した)
長い時の狭間をつなげてくれる存在は尊い
そして、バブヤングについて入手できた追加情報は下記の通り。
===
発売年は1979年で、販売期間は2年程度。
生産量は多めで、アイスには賞味期限がないこともあり、市場にはその後も残っていた可能性あり。
きっかけはガムとアイスを組み合わせた商品を作れないか?というアイデアで、チューインガムのロッテだからこそ挑戦できたもの。
商品は下記の2種類。
===

2種類の商品が展開されており、価格はどちらも60円(当時)
なんと私が4歳のときに発売された商品だった。記憶がおぼろげなのも無理はない。
また、円錐形プラ容器のメロンシャーベットも展開されていたのは、初めて知る事実だった。ロッテによれば発売当初は、各社が毎年20から30もの新製品を投入していた時代で、短命でスクラップになる商品も多かったとのこと。
そんな中、ガムとアイスを同居させるという、今ではおそらく却下されてしまうであろうコンセプトは、生き残りの活路を見出すために絞り出されたアイデアだったと思う。
確実な売上を求めて手堅い商品だけを生産する現代と違い、楽しいものを考え、生み出す寛容な時代だったということを、バブヤングは物語っている。
資料には、アイスの内容を示す画像がなかったので、私の記憶をもとにイラストで補完してみた。

※筆者の記憶に基づくもので、正確でない部分があるかもしれません
時は絶え間なく流れ、消えて忘れ去られていくものは多い。
そのひとつになりかけたバブヤングだが、極めて前衛的で鮮烈であり、だからこそ、40年以上も私の心に印象強く刻まれていたのだ。
私自身、ものを作る仕事をしているが、売れるものと面白いものは全く違うチャンネルであり、どちらも大切だ。バブヤングのように、長い時の狭間をつなげてくれる存在になった面白いもの……そういうもの作りは尊く、必要だと思う。
そんなことを思い出させてくれたバブヤングと、当時のロッテの企画担当者様に「ありがとう」を伝えたい。
これをきっかけに、復刻してくれないだろうか。
と一言だけ付け足して、私の長い思い出話を締めたいと思う。
取材・文・イラスト/柴山ヒデアキ
協力/株式会社ロッテ
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