母親の死の真相を知ったことが転機に
――そこから少しずつ回復の道を歩みはじめて。
自助グループに通いながら、カウンセリングや通院もしましたけど、俺を一番楽にしてくれたのは、母親の死の理由らしきものにたどり着けたことです。
依存症からの回復するための12ステップというのがあって、その中に過去と向き合うことが大切っていうのがあるんです。それで2年くらい前に、YouTubeも一緒にやっている「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんと地元の高知に行ったんです。その時の話は小説『土竜』にも書きました。
改めて自分のルーツを調べるために、役所で戸籍を調べたりしてたんだけど、なかなか手がかりは見つからなくて。半ば諦めながら、田中さんが桂浜水族館に行きたいっていうのでたまたま行ったら、そこで母親と一番仲が良かったという人に声をかけられまして。
キャバレーに勤めていた頃の同僚だっていう人に。50年越しに運命の出会いですよ。
後日また高知に行って、その方に話を聞いたら、母親は俺のことが大好きで、俺の自慢話ばっかりしてたって。侠客の愛人で、シングルマザーで、かなり厳しい環境の中だったけど、とにかく一生懸命やっていたって。でも、ある時期から博打にハマって、だいぶ借金を抱えていたらしいんです。
そこで初めて、母親が自殺した理由がわかった気がしたんです。保険金で借金をチャラにしようとしたんじゃないかって。俺に借金を被らせないように。これまでずっと、母親は俺を捨てて自殺したと思っていたのに、真実は俺を守るためだった。もちろん、そんなやり方は間違っているし、俺は生きていてほしかったけどね。
子供の頃から大人たちに振り回されて、誰にも本当のことを教えられず、母親にも見捨てられ、そういった自分の境遇を力に変えていくしかないと思って死ぬ気でやってきました。孤独や寂しさ、恨みもあったけど、そのぶん成り上がってやるって。
でも本当は、俺は母親に愛されていたんだなと気づけたんです。
そのことを56歳になって初めて知って、心の底から安堵しました。