『A-Studio+』『ドン・ジュアン』逃げなかった過去
――今回の作品で、藤ヶ谷さんが演じる菅原裕一は、とにかく逃げ続けます。そんな裕一を見て藤ヶ谷さんはどう感じましたか?
逃げたいと思ったことって、誰でも1度くらいは絶対にあると思うのですが、実際に逃げる行動に移せる人って少ないと思うんです。だから、逃げる選択を続ける裕一ってかっこいいのかもって思いました。ひたすら逃げ続けたら、人はどうなるのか、ぜひ見ていただきたいなと。
――たしかに。逃げないこともそうですが、逃げることも勇気がいりますもんね。
僕は逃げられない側ですもん。撮影中、なかなかしんどかったので、この窓から飛び出して走ろうかなとか、「ちょっと車で休憩するわ」って言ってマネージャーさんから鍵をもらって、家まで帰っちゃおうかなって考えたこともあったんです。
でも、マネージャーさんに家を知られているし、その報告が事務所に行ったらきっともう仕事できなくなるなって考えてたら、逃げれませんでしたからね。
――逃げられない側の藤ヶ谷さんが、これまでの人生において逃げなくてよかったなと思ったことがあれば教えてください。
それはたくさんありますね。例えば『A-Studio+』のMCの話が来た時は、今までMCをやりたいと思ったこともなかったですから「あ、これ絶対、誰かが蹴ったやつだ」って思ったんです。
でも話を聞いてみたら『ドン・ジュアン』のPRでゲスト出演させていただいた時の鶴瓶さんとのかけあいを見て、「なんだ、この子は」と思ったと言っていただけて。「それなら…」と受けたんですよ。
――そうだったんですね。
もっと言えば『ドン・ジュアン』のミュージカルも最初は「なんで自分が」「できるわけない」と思っていましたし、断るつもりでした。ただ、何も観ないで断るのは失礼かなと思い、望海(風斗)さんがやられた『ドン・ジュアン』を観に行ったのですが、その時に、めちゃくちゃ清々しく「これ無理だな」って思ったんです。
やってみて、失敗してしまったら、一緒に舞台をやる方にも迷惑がかかってしまうし、もっと経験のある方がやったほうが絶対いいって。
――それでもやることになったのは、なぜでしょう?
演出の生田(大和)さんが「お話をしたい」と言ってくださって、お会いしたんです。それで直接「できません」って伝えました。
でも、そんな僕を見た生田さんが「初対面の相手に、こんなに正直に気持ちを話す人がいるのか」って燃えちゃったらしいんですよね。それでいろいろお話ししていただいて「僕と一緒に冒険しませんか」と言っていただけた時に、この人とならやってみようかなと。
そしたら「失礼します!」って鍵盤を持った人が入ってきて「歌のキーの確認をしますね」って。生田さん的には説得するつもりで呼んだんだと思います。
――(笑)。今『ドン・ジュアン』に出演したことを振り返って、どう思いますか?
演じることやミュージカルの難しさを体感しましたし、ミュージカルのパワーを体感できました。それに、自分にとって初めてカンパニーというものができたことで、コロナ禍以前はごはんに行ったり、旅行に行ったりするくらい仲の良い人たちとも出会えて。本当によかったなって。
――『A-Studio+』にも『ドン・ジュアン』にも言えることですが、「なんで自分が」と思ったものに対して理由を聞いた後、やってみようと気持ちを切り替えることができたのは、なぜだったのでしょう?
正直、『ドン・ジュアン』に関しては、次にお断りするための理由を作ろうと思ったんですよね。今後ミュージカルのお話がきたときに「一度やってみたけど失敗しました。自分に合わなかったので、ごめんなさい」って。
でも、予想以上に好評をいただいて、2年後に再演まですることになって。今となっては、逃げなくてよかったなと思います。
――失敗することへの恐怖はなかったんですね。
当時はありましたよ。30歳手前で初ミュージカルというのが、自分の中で引っかかっていて。当然、稽古が始まってからも恥をかくのが当たり前でした。でも、本番までにそれをなるべく減らしたいなと思ってやってみたら、そんなに怖いことではなかった。
だから、今はないですね。実績がないのにオファーをいただけるということは、それなりの理由があるのだと、わかったので。そう思っていただけるのを大事にしたいです。
取材・文/於ありさ