スタート地点に立てた時点で
30通りの勝者である

また、今大会には50歳以上の選手が7名(最高齢は62歳)が参加したが、完走者は1名。完走率は生物学的な強さと残酷なまでに比例している。
しかし、【出場選手④】完走した54歳・男性は、他の6名よりひときわ頑健な肉体を有しているかと言うとそうでもない。

男性は2年前に大腸癌を患った。

幸い、病気の進行は止まった。だがそのとき、人生には限りがあることをハッキリ感じた男性は、何かに力を出し切ってみたいと思い、TJARをその場と定めた。
男性には子がいなかった。さらにレース直前に母を亡くし、目の前で灰になる姿を見て、自分は生きた証を残せるのかと考えるようになり始めた。

一方、ロケ中にこの男性を取材した男性ディレクターがいた。そのディレクターにも子がいなかった。二人はレース中に言葉を交わし、一生懸命走る姿を記録し、それを見た誰かが、何かを感じとってくれたとすれば、それが「生きようとする意思を、誰かに繋ぐ」ことになるのではないか、という考えにいたる。男性がレースに出たのも、先人の選手たちが懸命に走る姿に感じいったからだった。

レースを一つの“旅”として見立てたとき、その旅で出会った人との対話を通して、走る理由が見えてきた一例だ。

ちなみに、男性とディレクターが意志を人につなぐ、ということについて話終えたまさにその瞬間に、路上に立っていた見知らぬ青年が男性の名を呼び、「自分もいつかあなたのように鍛錬を積んでレースに出て、輝きたい」という話をはにかみながら打ち明けた。そんな偶然が起こるのもまた、このレースの醍醐味だ。

415キロという長大な距離を誇るTJAR。レースと名付けられるが、選手たちは、その行程のかなりの部分をたった一人で進むしかない。深閑とした山道を、己の心と向き合いながら、歩み行く。特に終盤の南アルプスでは、孤独の度合いはいや増す。

しかし、選手たちは言う。

深夜ふっと後ろを振り返ると、遠くまで連なる峰峰の稜線上に、いくつものヘッドライトの光が見える。その連なりがこちらに進んでくるのを見るだけで、言い様のない力が胸の底からこみ上げてくるのだと。

「挑戦しているのは自分だけでない、ここには、みんながいる」

選手たちは、その事を知っている。挑戦の形は、30人30様である。
だが選手たちは、互いの挑戦をリスペクトすることで、順位による優劣を越えたところで、TJARという唯一無二の舞台を創り上げているのではないだろうか。

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取材・文/齊藤倫雄 撮影/Shimpei Koseki

《放送予定》
『激走!日本アルプス大縦断』
2022年11月5日(土)「不撓不屈の男たち」/11月12日(土)「挑戦の意味」両日ともに20時より BS1にて放送予定